WebCT ≧ 遠隔教育


梶田 将司(名古屋大学情報連携基盤センター 助教授)

1. はじめに

 現在、我が国における高等教育は、グローバル化の進展という新たな事態に際し、国際的な水準を視野に入れつつ、教育活動の質的な向上が求められている。その一方、我が国の社会は、工業社会から知識社会への転換が急速に進んでおり、ビジネススクールやロースクールなどを通じた高度職業人の養成や、地域市民を対象とした生涯教育も高等教育機関には求められはじめている。このように、大学の役割が大きく変わり始めた中で、我が国の高等教育機関においてe-Learning1の導入がはじまりつつある。
 本稿では、1998年から筆者が関わっているWebCT について私見を交えながら述べる。
 なお、名古屋大学ではWebCTに関する活動は情報メディア教育センターが担当しており、筆者のWebCTに関する活動は、情報連携基盤センターでの筆者の主任務の1つである名古屋大学ポータルとの連携や、日本WebCTユーザ会、代表取締役を兼務している株式会社エミットジャパンを通じたものとなっている。

2. WebCT の概要

 WebCT(Web Course Tools)は、カナダのブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia:UBC)で開発されたWeb を用いたコース2の設計、開発、管理を容易にするコース管理システム3である。同大学講師のMurray Goldberg は、Web の大学教育での活用方法を探るため、Web ベースのコース教材を1995年から作り始めた。その取り組みの中で、複数のコース教材を効率よく作成するために、教材作成機能、オンラインテストの作成・実施・自動採点機能、メール・掲示板などのコミュニケーション機能など、コース教材間で共通化可能な部分をツールとしてまとめ、パッケージ化したものがWebCT である。
 1996年までは、独自の研究資金を使って無料でWebCT を配布していたが、世界中の約100の機関で利用されるまでに広がり、研究資金では十分なユーザサポートができなくなってしまったため、UBC の指導の下、WebCT Educational Co. を大学発ベンチャーとして起業した4。現在、WebCT は世界80ヶ国以上、2,600を越える高等教育機関で利用されているとWebCT社は発表している5。

3. 北米の現状

 米国では、約73%の大学がWebCT やBlackboard のようなコース管理システムを全学的に導入し、約20%の講義で実際に活用されている(データは2001 Campus Computing Survey より抜粋)。このように普及した理由は、コース管理システムが遠隔教育よりも、対面講義を前提としているオンキャンパスでの対面授業の補完的な教材・学習環境の提供を目的として利用されるケースが急速に増えているためである。例えば、カナダのアルバータ大学では、のべ15万人の学生が2,000の対面授業の補完的な学習環境としてコース管理システム(WebCTを使用)を利用している。このような対面授業の同期性とITを活用した授業時間外の教育支援の非同期性を組み合わせた教育をブレンディング型e-Learningという。
 WebCT では、メール、掲示板、チャット、ホワイトボードなどのコミュニケーションツールや、教材作成支援ツール、オンラインテストの作成・採点・結果分析、学生の学習状況の管理など、教育学習機能があらかじめ組み込まれており、これらの機能を活用して教員は教材(コンテンツ)を整備し、対面授業および学生の予習復習の支援時に活用する。このように、WebCT は北米の高等教育機関での教育活動に必要不可欠なe-Learning プラットフォームとして発展しつつある。

4. WebCTの良さは何か?

 従来のものと比べて極めて優れた技術がWebCT に導入されているというわけではない。我々が関わり始めた1998年当時、「このぐらいのシステム6であれば、半年程度専念すれば十分に作り上げることができる」と筆者が感じるくらい、技術的には特別なものはなかった。また、ボタンやメニューで操作ができて楽な反面、ある意味、「押しつけがましさ」を感じ、「自分でCGI(Common Gateway Interface) を作成すればもっと自由に作成できるのに...」と感じさせるものであった。
 ところが、1999年6月にUBCで開催された第1回WebCT ユーザカンファレンスには、北米のユーザを中心に約600名が参加し、非常に熱気にあふれた発表が行われた。この北米のユーザの盛り上りと、筆者のWebCT に対する印象とのギャップは一体何なのかを考えざるを得なくなった。結局、わかってきた「WebCT の良さ」とは、次の3点にまとめられる: (1) WebCT は多くの教員がさまざまな教材を作成し、教育を行うためのプラットフォームであること、(2) WebCT を使っている教員やその支援を行う管理者によりコミュニティが形成されていること、(3)コミュニティを通じて出される実際の教育現場でWebCT を活用しているさまざまな教員の声が反映されていること。言い換えれば、「プラットフォームとしてのWebCT」と「WebCT コミュニティ」が重要であり、この2つが「WebCT の良さ」と言える。このうち、前述のとおり、前者は2000年ごろから「コース管理システム」と呼ばれるようになり、全学的な利用、大学間連合7での利用を前提とした大学教育機関において極めて重要なプラットフォームとして成長することとなった。一方、「WebCT ユーザコミュニティ」は、WebCT 社が主催するユーザカンファレンスが毎年1回開かれる8とともに、北米内では、WebCT 社とは独立に地域ごとのユーザカンファレンスも行われている9。また、オーストラリア・英国ではWebCT 社主催、香港ではユーザ会主催のユーザカンファレンスが行われている。

5. 我が国におけるWebCTの現状

 国内においては、コース管理システムの重要性がまだ認識されておらず、広がりはまだこれからという段階であり、全学的に導入し、ブレンディング型e-Learning としてオンキャンパスでの教育活動に積極的に活用できているアルバータ大学のような大学はまだない。しかしながら、昨年から着実にWebCT を導入する大学は増えており、2003年7月現在、大阪大学、名古屋大学、九州大学、広島大学を始め、40を越える大学で使われ始めている。また、今年1月には「日本WebCT ユーザ会」が組織され、3月に名古屋大学で第1回日本WebCT ユーザカンファレンスを開催し、約160名の参加の中、2件の招待講演、17件の日本のユーザの事例報告、13件の企業展示が行われた。また、本年9月には、福岡で第1回WebCT 研究会が2泊3日で開催され、各大学での事例が報告される(図1参照、詳しくは、http://www.webc.jp/をご覧ください)。

6. WebCT の学内での活用のためには(名古屋大学の場合)

 全学的な利用拡大に当たっては、対面授業の補完的な学習環境が提供されるコース管理システムの特性を生かすため、予習→対面授業→復習を1サイクルとした講義の設計および運営が重要になってくる。このような教授法(Faculty Development)については、名古屋大学では高等研究センターがその任に当たっており、「ティップス先生」や「ゴーイングシラバス」が全国的によく知られている。また、名古屋大学では、WebCT サーバの運用、教材作成支援は情報メディア教育センターが行っており、これに、キャンパスネットワーク・ポータル・ユーザ認証などインフラ部分を情報連携基盤センターが
 
図 1: 第1回WebCT研究会発表事例

担当している。このような、「インフラ-コンテンツ-教授法」という連携での学内での推進体制の構築は必須である10。

7. コース管理システムの導入に当たって

 我が国の高等教育機関で今後コース管理システムの導入が増えると考えられるが、大きく分けて次の3つのパタンが考えられる: (1)WebCT やBlackboard のような既存の有償コース管理システムを導入する(長所: サポート・機能強化・標準化対応、短所: 導入コストが高い、学内のニーズに対応するための改変が難しい)、(2)オープンソースベースのコース管理システムを導入(長所:導入コストが安い・改変が容易、短所: サポートがない)、(3)独自開発(長所: 学内のニーズに対応したものが作れる、短所: サポート・機能強化を自前でやらざるを得ずそれによるコストは膨大)。コース管理システムは大学の根幹事業である教育活動にとって必要不可欠なシステムとなっていくであろう。その点を考慮しつつ、費用対効果を考えながら、各大学の事情に応じた導入形態を選択する必要がある。

8. まとめ

 本稿では、筆者のこれまでのWebCT に関する取り組みを簡単にまとめた。
 日本の大学教員のほとんどは,「e-Learning = 遠隔教育」あるいは「WebCT =遠隔教育」であり、ごく限られた教員の問題だ、と思われるかも知れない。しかし、本稿で述べたように、WebCT の活用場所はこれまでの大学教育の基本であるオンキャンパスでの講義であり、WebCT のようなコース管理システムをいかに活用するかは、大学教育に関わる教員すべてにかかわる問題である。その意味で、本稿では「WebCT ≧遠隔教育」というタイトルをつけさせていただいた。WebCT のようなコース管理システムの活用が当たり前になるのもそう遠くはないであろうし、それが日本の高等教育の質的改善に確実につながると筆者は確信している。