特 集

高等学校教科「情報」の現状と大学初年度の情報基礎教育のあり方


高橋 参吉(千里金蘭大学 人間社会学部 情報社会学科)

1.はじめに

 2003年から高等学校で教科「情報」が開始され、今年は3年目となる。2006年は、その「情報」を学んだ高校生が大学へ入学してくる初めての年であり、大学初年度の情報基礎教育のあり方が話題となっている1)
 本稿では、高等学校の教科「情報」の内容について概要を述べ、高等学校の情報教育の現状に触れ、次に、大学での情報基礎教育についての在り方について、筆者の考え方を述べる。

2. 教科「情報」の概要と検定教科書

2.1 普通教科「情報」と専門教科「情報」

 高等学校の普通教科「情報」には、情報A、情報B、情報Cの3つの科目があり、その1つの科目(2単位)が必履修科目である。情報教育の目的は情報活用能力の育成にあり、普通教科における情報教育の目標として、「情報活用の実践力」、「情報の科学的な理解」、「情報社会に参画する態度」の3つの観点がある。
 情報A、情報B、情報Cは、科目の性格の違いはあるものの、3つの観点を育成できるような構成になっている。「情報活用の実践力」の育成については、情報Aは、情報Bや情報Cより重点を置いた構成になっている。「情報の科学的な理解」については、情報Bが詳しく、情報C、情報Aの順になっている。さらに、「情報社会への参画する態度」については、情報Cが情報の表現やコミュニケーションに重点があり、情報A、情報Bの順になっている2)。情報教育の3つの目標と情報A、情報B、情報Cの各科目の内容との関連を付録1のように整理すると3)、4)、普通教科「情報」の特徴が見えてくる。
 一方、教科「情報」には、表1に示す11科目から構成される専門教科「情報」もある2)。これらの科目は、主に情報に関する専門学科で教えられているが、一部の科目は、総合学科や普通科(総合選択制など)でも教えられている。
 
 
表1 専門教科「情報」の科目
分野 システム設計・管理分野 共通分野 マルチメディア分野
基礎的科目
情報産業と社会
情報と表現

応用選択的科目 アルゴリズム
情報システムの開発
ネットワークシステム
モデル化とシミュレーション コンピュータデザイン
図形と画像の処理
マルチメディア表現
総合的科目
課題研究
情報実習

2.2 検定教科書の採択状況

 文部科学省の「データからみる日本の教育」5)によれば、2003年度(平成15年度)の高等学校生は、約381万人(1年生約128万人、2年生約126万人、3年生 約125万人)であり、学科別生徒数の構成は普通科72.8%、専門学科24.4%、総合学科2.8%である。したがって、2003年度の普通科の高等学校1年生は約93万人(128万人の72.8%)である。
 一方、2003年度の情報A、情報Bおよび情報Cの検定教科書の採択数は約75.5万冊である。普通科1年生と検定教科書の採択数から、普通教科「情報」の実施率は約81%であるが、総合学科・専門学科などで使用されている検定教科書を数%として、普通教科「情報」の1年次の履修率は、75%程度と想定される6)。2004年度の情報A、情報Bおよび情報Cの検定教科書の採択数は約95.9万冊、2005年度の採択数は約110.0万冊である。

 また、2003年度における検定教科書の採択割合は、図1に示すように、情報A、情報B、情報Cは、83.8%、7.6%、8.6%である。2004年度は、情報Aの採択割合が81.7%、2005年度は、情報Aの採択割合が75.4%に減少している。
 これらのことから、普通科卒業生(2006年度大学新入生)の約75%が、「情報」を1年次で履修して、そのうち、約84%が情報Aを学んだことになる。約25%については、2、3年次で「情報」を学んでいることになるが、2003年度と2004年度の検定教科書の増加率は27.0%であるので、単純に計算すると、0.75×1.27=0.95となる。これは、2004年度における1年生、2年生の検定教科書の割合であるので、残りの5%が、3年次での履修となる。したがって、普通教科「情報」の履修学年については、1年次履修が約75%、2年次履修が約20%、3年次履修が約5%と想定される。
 なお、教科「情報」の検定教科書数であるが、2003年度(および2004年度)は、情報Aが13社13冊、情報Bが9社9冊、情報Cが9社9冊、合計31冊が発行された。検定教科書は、学習指導要領の内容に沿ったものであるが、「情報」は初めての教科であるので、その内容は出版社によりかなり異なっている。検定教科書という視点だけでいえば、2006年に入学してくる新入生が、学んだ内容のばらつきは大きいと考えられる。
 なお、2005年度には、異例的に2年で改訂が認められ(注:中学校の新学習指導要領は2002年開始)、情報Aが13社16冊、情報Bが8社10冊、情報Cが9社12冊、合計38冊が発行された。また、実際に採択された検定教科書の2/3以上は、表2に示すように、上位3社の検定教科書である。ただし、各年度の上位3社は、必ずしも同じ出版社ではない。2005年度は、同じ出版社から複数の本が出されている。また、2007年度改訂の検定教科書は、検定見本本(白表紙本)の提出が済み、現在、文部科学省で審査中である。
 
表2 上位3社の検定教科書の採択割合(%)
科目 2003年度 2004年度 2005年度
情報A 67 (3冊) 66 (3冊) 71 (5冊)
情報B 67 (3冊) 71 (3冊) 77 (4冊)
情報C 75 (3冊) 79 (3冊) 76 (4冊)

3. 普通教科「情報」の実施状況調査

3.1 北海道大学の調査

 2003年に、北海道大学の布施、野坂、岡部によって、教科「情報」全般に対する全国調査7)が行われた。なお、調査の実施時期は、2003年8月中旬から9月末で、回収率14.5%(800校)である。
 この調査によれば、普通教科「情報」の初年度実施率は、国公立で73%、私立で77%、全体では、72.2-78.8%(信頼度95%推定)であった。また、教科「情報」の履修学年は、1年で79%、2年13%、3年8%である。履修科目としては、情報Aが75%、情報Bが6%、情報Cが9%、2科目以上10%である。これらの結果は、2.2で述べた検定教科書の採択数から推定されるものと概ね同じである。また、この調査のほんの一部であるが、次のような結果が得られている。

(1)基本操作の目標達成レベル
(2)多い授業項目(50%以上のもの項目、数字は%)
 ITによる検索・収集(87)、著作権(86)、総合実習での作品制作(66)、コンピュータのしくみ(64)、ネットワークのしくみ(61)、発表と相互評価(60)、数理処理・グラフ(63)、音・画像のディジタル化(54)、データ・情報の管理と蓄積(52)

(3) 少ない授業項目(50%以下の項目、数字は%、)
 その他(プログラミングなど)(9)、モデル化とシミュレーション(25)、データベース(26)、メディア統合表現(42)、IT以外の検索・収集(42)

 この調査結果を踏まえると、2006年度に入学してくる大学新入生は、キーボード、ワープロをはじめとして、基本操作は概ね習得していると想定される。また、授業項目からは、情報の検索・収集や著作権は学んでいるが、例えば、プログラミング、モデル化とシミュレーション、データベースのような情報Bの学習内容は少ない。
 また、この調査では、教科「情報」の難易度についての自由記述で、「難しい」、「やや難しい」が50%程度であった。その内容の1番多いものは、「個人差」である。この点については、筆者の関係する教科書会社の主催する全国の情報セミナーで、同じような教員の声を聞いている。したがって、生徒のスキル差、意欲差などが大きくなり、個人差のひろがった生徒たちが入学してくるであろう。
 なお、情報セミナーでの2003年度の意見の多くは、教材の準備(実習の題材など)に対する不安、全体的な指導計画に対する不安であり、いわば、初年度の悩みでもあった。2004年度以降、教材・課題、副教材の活用方法、生徒の能力差やスキル差に対する指導方法、実習の評価方法など、具体的な指導方法や評価方法の悩みが多い。

3.2 JADIEカリキュラム委員会の調査

 JADIE(日本情報開発教育協議会)カリキュラム検討委員会(鳥取大学山岸委員長)は、小学校、中学校および高等学校に対して、情報教育の実施状況に関する調査8)を行った。調査時期は、2005年5月末から6月初旬である。調査対象校は、鳥取県、東京都、福岡県等の小学校45校、中学校26校、高等学校34校である。
 アンケートの項目の具体的な内容については省略するが、3つの学習領域(表3参照)にわけ、学習領域1は28項目、学習領域2は20項目、学習領域3は24項目で、全体で72項目である。実施状況については、著者らは具体的な内容別に集計しているが、ここでは、大雑把な内容を把握するため、筆者が情報の学習分野で集計した結果を表3に示した。

表3 初等・中等教育での実施状況(%)
目標・
学習領域
情報の学習分野
情報の科学的な理解
1.系統的・基礎的な学習領域
1-1 情報のディジタル表現 6 26 63
1-2 情報の定式的処理 4 24 35
1-3 モデル化とシミュレーション 8 12 35
1-4 情報機器 40 72 75
1-5 情報通信ネットワーク 7 37 69
1-6 セキュリティ技術 11 25 55
情報社会に参画する態度
2.社会的・総合的な学習領域
2-1 情報社会の進展 11 32 34
2-2 情報社会の問題点 16 42 52
2-3 コミュニケーションの拡大 33 40 41
2-4 情報社会における個人の役割 31 66 80
情報活用の実践力
3.実践的・応用的な学習領域
3-1 情報の特質と情報手段 25 42 53
3-2 問題解決と情報の活用 30 23 42
3-3 情報の収集と整理 68 71 80
3-4 情報の加工 48 71 67
3-5 情報の表現 27 51 45
3-6 情報の発信と評価 33 49 62

 この結果から、あまり実施されていない内容について検討してみよう。「情報の科学的理解」では、主に、情報Bの内容である、情報の定式的処理(主に、アルゴリズム、プログラミング)、モデル化とシミュレーションである。これは、先の布施らの調査とも一致する。また、「情報社会に参画する態度」では、主に、情報Cの内容である、情報社会の進展(労働・学習形態、電子政府、電子商取引など)は、検定教科書の記述も多くない内容である。コミュニケーションの拡大(通信手段の使い分け、メディアリテラシーなど)については、小学校(33%)、中学校(40%)での実施状況もあるので、考慮しなければならない。
 また、「情報活用の実践力」では、問題解決と情報の活用、すべての科目と関連するが、テーマ設定など難しい単元である。情報の表現については、全般的にはマルチメディアを活用した表現の実施が低いが、小学校(27%)、中学校(51%)での実施状況もあるので、この点も考慮しなければならない。
 このアンケート調査結果は、調査対象数は多くはないが全国的な傾向であると想定される。教科「情報」の実施状況にかなりの差があり、2006年度に入学してくる生徒は能力差のある生徒が入学してくる可能性は高いといえよう。

4. 教科「情報」を考慮した情報教育テキスト

 表3で示された実施状況の数値の低い学習内容については、情報A、情報B、情報Cのいずれの科目を履修したかによるところが大きい。普通教科「情報」が必修科目であることを考えれば、少なくとも大学に入学してくる生徒は修得しておくべき内容である。しかしながら、教科「情報」の内容を踏まえた教科書はないので、筆者は教育システム情報学会情報教育委員会や科研での成果4)をもとに、岡田、藤原とともに教科「情報」を発展させた内容9)の情報教育テキスト10)を作成した。
 この教科書は、表4に示すように、情報活用,情報技術および情報社会の3つの面から解説したものである。特徴としては、セキュリティを技術面からだけ捉えるのでなく,個人のモラル,技術,社会との関係において,各章で述べている点である。内容は、多岐にわたるが高等専門学校や大学の情報教育の教科書(4単位程度)として利用されている。
 また、情報処理学会では、大学等における一般情報処理教育の在り方に関する調査研究委員会で、教科「情報」を考慮してカリキュラム検討が行われ、
表4 情報教育テキスト9)の目次

一般教育課程の共通科目として、2科目が提案された11)。その成果を踏まえた具体的な内容の教科書として、「情報とコンピュータ」12)、「情報と社会」13)の2冊が刊行されている。

5.大学初年度の情報基礎教育の内容

5.1 情報活用に関する内容

 新入生全員を対象として、情報リテラシー科目(情報処理演習、情報活用基礎など)であるが、この科目が操作スキル教育を主とする内容であれば、習熟度別講座、希望者に講習を行うなどの対応はあってもよいが、徐々に必要性は少なくなるであろう。ただし、この科目は、教科「情報」では不十分であった問題解決を主とした情報活用科目としては、残していくべきである。この場合、どのようなテーマで実施すべきか、専門基礎教育との連携も含めて検討する必要がある。
 本学は、生活科学部と人間社会学部の二学部の女子大学であるが、人間社会学部を中心に情報リテラシー科目(情報処理演習など、4単位)の検討を行っており、共通教科書として「情報活用と問題解決技法」を作成した。その内容は、第1部情報活用の基礎(Word、Excel基礎、PowerPoint)、第2部情報活用の応用(Excel応用、Excelマクロ、Access)、第3部問題解決の技法(広告・新聞の作成、アンケートと社会調査、予測とシミュレーション)である。来年度以降、情報リテラシーの内容を2部や3部へウエイトを移していく予定で、第3部については、学科の専門につながるテーマを増やしていく予定である。問題点としては、この科目は、教職課程の認定科目の「情報機器の操作」を兼ねていることである。本来であれば、教職にふさわしい内容14)を入れていくべきであろう。
 なお、人間社会学部には、情報科目ではないが、1年次に、学習技術、学習計画という問題解決科目(ゼミ的科目)が開設されている。

5.2 情報の科学的理解に関する内容

 教科「情報」の内容で、科学的な理解に関する内容は、きわめて不十分である。できれば、アルゴリズムとプログラミング、モデル化とシミュレーション、データベースに関する基礎的な内容は入れることが望ましい。大学において、文系・理系を問わず、適切な科目を設定して、情報の科学的理解に関する内容を教育すべきである。
 本学の情報社会学科では、1年次に専門基礎科目として情報技術基礎(4単位)が開設されており、2単位分で、参考文献10)の教科書を利用して情報の定義、コンピュータの基本構成と動作、ハードウェア・ソフトウエアの構成、情報機器、情報のディジタル表現、数値・文字・画像・音声のディジタル化、アルゴリズムなどの内容を教えた。文系の女子学生に、この内容を教えるには、学習教材の工夫が必要である。なお、本学科では専門科目として、プログラミング演習、データベース演習が開設されている。

5.3 情報社会の理解に関する内容

 教科「情報」では不十分であった情報社会の進展の内容で、情報社会や情報システム(労働・学習形態、電子政府、電子商取引など)を主とした内容である。さらには、情報社会におけるコミュニケーションなども含め、情報社会全般に対する理解を深める科目が必要である。なお、本学では、教養科目として情報と社会、基礎科目(情報社会学科)として、情報社会論(2単位)が開設されている。

5.おわりに

 本稿では、高等学校教科「情報」の概要と実施内容について述べたが、2006年度の大学入学生は、習ってくる教科「情報」の内容にはばらつきがあり、能力差も大きいと想定されることを述べた。
 また、2006年度以降、大学における情報科目として、情報活用、情報の科学的理解、情報社会の理解に関する内容の共通の3科目(少なくとも6単位)が、開設されるべきである。ただし、一般教養科目、専門基礎科目とするかは、それぞれの大学で事情があるので、ここでは触れない。

参考文献等

1) 例えば、2005年度の教育システム情報学会全国大会では、2006年問題に対するワークショップ(情報教育委員会主催)が開催される。
2) 文部省:高等学校学習指導要領解説情報編、平成12年3月
3) 岡本敏雄、西野和典編:教職必修:情報科教育法のための指導法と展開例、実教出版(2002)
4) 西野和典(研究代表者):高等学校新設教科「情報」担当者のための実践的解説書の開発、平成13年度-14年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(1) 研究課題番号1458027)研究成果報告書(2003)
5) 文部科学省:データからみる日本の教育(2004)  http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/toukei/04042301.htm
6) 筆者の関与する検定教科書会社の想定数値である。
7) 布施 泉、野坂政司、岡部成玄:教科「情報」は難しい? 高等学校普通教科「情報」実施初年度アンケート調査報告、日本情報教育開発協議会第1回全国大会(2005)
*2003年度情報処理研究集会(文部科学省、北海道大学主催)での概要報告を整理して本にしたもので、第1回JADIE(日本情報教育開発協議会)全国大会(2005.6.24、千里金蘭大学)で、講演資料として配布。
8) 西野和典、JADIEカリキュラム委員会:アンケート調査結果、日本情報教育開発協議会第1回全国大会(2005)
9) 岡田 正(研究代表者):後期中等教育段階の情報基礎教育に関するディジタルアーカイブの作成と利用評価、平成14年度-平成15年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(1))研究課題番号1458027)研究成果報告書(2004)
10) 岡田 正、 高橋参吉、 藤原正敏編、ICT基礎教育研究会著:ネットワーク社会における情報の活用と技術、実教出版(2003)
*この教科書は、平成17年度の日本工学教育協会著作賞を受けた。
11) 情報処理学会:大学等における一般情報処理教育の在り方に関する調査研究、平成13年度報告書(2003)
12) 川合 慧監修、河村一樹編著:情報とコンピュータ、オーム社(2004)
13) 川合 慧監修、駒谷昇一編著:情報と社会、オーム社(2004)
14) 例えば、田中規久雄編著:教職基礎・情報機器の操作、コロナ社(2005)

付録1 情報教育の目標と各科目の内容との関連