スーパーコンピューターを用いるナノクラスター合体過程の
インタラクティブモレキュラーダイナミクス
INTERACTIVE MOLECULAR DYNAMICS SIMULATION OF METAL
NANO-CLUSTER IN COALESCENCE PROCESS

齋藤 賢一,土肥 隆,駒谷 政男,稲葉 武彦


はじめに

今回はSXモニターとして、昨年度行いました「画像対話型動力学計算の試み」テーマ(1)を更に発展させました。

1.諸言

 物理現象のコンピュータシュミレーションでは、対象とするスケールに応じて力学レベルを適切に選ぶことにより、リアルさや本質の追求が可能になる。流体や固体の複雑な挙動を知る必要がある機械工学分野でも、物質の基本構成の要素である原子や分子の運動を調べる分子動力学(MD)法による解析が盛んに行われるようになり、分子/原子レベルでの物質の構造変化や原子/分子の流れ等が詳細に調べられている。
 原子/分子の運動を把握するためには、まず時系列データを各々可視化して動画としてみることが考えられる。しかしながら、粒子数及び計算ステップ数が多量になるとデータ領域の確保が困難になる問題が生じる。そこで、データを出力せずに計算中にリアルタイムで可視化する方法が考えられる。そしてその発展形として従来のように初期条件を設定して時間進行させるだけではなく、境界条件の変更等を任意のタイミングおよび任意の場所に対話的に行なうことが考えられる。人間の操作が外的要因として加わり、それに対する粒子系の力学応答を目で追えることになる。これによって、原子や分子の挙動をより身近に「感じる」こともできるはずである。
 本論分では、数十個の原子からなる微小な銅原子クラスター同士の衝突および銅原子クラスターの合体現象を題材として取り上げる。これらの現象の解析は、近年ますます精密化している超LSIに用いられる極微小な電子デバイスのクラスターイオンビーム法による製造過程での基本的メカニズムの理解のための有効な知見となる。原子クラスターは一つのまとまりを持った集合体として生成した後、表面の構成原子に働く予想以上に大きな力で、他クラスターと容易に結合して成長していく、この現象はクラスターとしてのまとまりの運動、個別原子としての運動というように他段階の解像度で見ることができるので、多重解像度(マルチリゾリューション;MR)MDアルゴリズムを解法として組み込むことができる。また解像度の各段階に対して対話性を加えることができれば、より効率的なMD計算を模索していくことができる。
 なお、可視化でのCGの作成および対話型シュミレーションには、3次元グラッフィックスライブラリOpenGLを用いる独自のソフトウェアを開発、利用した。

2.ナノクラスターとその合体過程

 クラスターイオンビーム法などで用いられる原子クラスターは数十個から数千個の原子から成るナノメートルサイズのものである。図1のように、原子クラスターは蒸発原子から生成され、相互作用をして合体や分裂をを繰り返しながら成長し、最終的に基板上に薄膜状に構造化する。この成長メカニズムは原子および分子の動力学の問題である一方でクラスター固体としての性質や個体間の反応状態なども重要であり、それらをシュミレーションで解明しておく必要がある。

3.分子動力学法

 分子動力学(Molecular Dynamics,MD)法では、質量mi の原子N個(一般的には数百~数百万個)について、それぞれニュートンの運動方程式(式(1))をたて、それを数値積分して解いていくことにより、瞬間瞬間における各原子の位置ri と運動量miri を求めていく。
 
原子i に加わる力Fi は原子間総合作用を表わすポテンシャル関数Φから計算する。今回の計算では表1に示した銅に対するパラメータを使った以下に示すLennard-Jones(LJ)ポテンシャルを用いる。



4.多重解像度(MR)MDについて

 本研究では、原子クラスターの構造およびその合体現象の特徴を考慮し、以下の2つの計算方法を組み合わせる多重解像度(マルチゾリューソン;MR)MDを導入することで計算の高速化を図っている。
  1. 他のクラスター原子からの相互作用を受けない部分は剛体とみなし重心の運動として時間ステップを大きく取り計算する。
  2. 相互作用を受ける部分は時間ステップを小さくし通常のMD計算を行う。
図2のように、クラスター間の最近接原子間距離を l ,MD計算におけるポテンシャル関数のカットオフ距離を rc ,とする。クラスターが接近し、 rc となったとき、3つの領域A,B,Cを設定する。各々のクラスターの最近接原子からの距離が rc 以下の領域Aに対してはその中に属する原子に対して次のような通常のMD計算の式を解く原子質量を mij 、原子位置をrij( i=1~n,j:クラスター番号)とすると、


である。このポテンシャルおよび力の計算には、領域Bの原子位置の情報もリストとして利用する。領域BとCの原子は領域Aに比べ、力の急激な変化が起きにくい領域と考えられるため、領域内原子同士の相互作用は計算せず、クラスター重心を中心とした剛体運動を解くことで各原子位置を決定する。剛体運動は重心の並進では前者のみを考慮する。クラスター質量を Mj ,クラスター重心位置を Rj とすると


を解くことになる。重心に加わる力 Fj は表面にあり, 相手のクラスターと相互作用する領域Aの原子に働く力Fij を合計したものとする。なお、クラスター間で相互作用が働かない(rs)場合、すべての原子が領域Cニ属することとなるので、式(4)において F j = 0 となり、全原子が等速運動をする。式(3),式(4)の数値積分には、比較的大きな時間ステップの計算に適している速度ベルレ法を用いる。その際、式(4)における時間ステップを式(3)のものより大きく取ることで計算の効率化を図る。また、式(4)の数値積分を一度行うたびに領域A,B,Cを再設定する。

5.対話型シュミレーションの考え方

 上述のMRMDアルゴリズムに対話型を組み込婿とを考え、計算の効率化に繋がると考えられる以下の2点について検討し、対話型MRMDアルゴリズムとして発展させた。
  1. 原子クラスターをひとかたまり(剛体)として移動させ、クラスター同士の位置関係をいつでも設定し直せるようにする。
  2. 通常のMD計算を行なう部分(領域A)と剛体として計算する部分(領域B,C)の境界を計算中に対話的に変更する。
MD法では、一つの原子の相互作用範囲をいわゆるポテンシャルのカットオフ距離内までと限定することが多いので、クラスター同士がカットオフ距離以上離れている場合は各クラスターは閉じた系として内部の運動を詳細に知る必要が無くなり、先述のMRMDアルゴリズムのような考え方ができる。上記(A)は、MRMDアルゴリズムで剛体運動(並進および回転)を解く代わりに、対話型のメリットを生かし、手動でクラスターごと剛体移動させることを試みるものである。(B)は、クラスター同士が相互作用を始めて合体し出して有効になるもので、接触部分が各クラスターの表面部分に限定される性質を使い、合体に直接的には携わらない部分はできるだけ剛体として扱うことでより計算量を少なくする試みである。
 本論文でいう対話型シュミレーションは、人間が計算系に直接影響を与えることのできるシュミレーションとなる、ユーザがその時に必要な情報を与え、結果が必要なときには呈示し、その出した結果に対してさらに人間が変更を加えフィードバックするという、対話方式を目指している。この性質はリアルタイム処理かつグラフィックス表示を必須とする。図3に対話型MDシュミレーション流れを概念的に示す。ここでは詳しく述べられないが、具体的な計算プログラムはOpenGLライブラリの以下の性質を利用し、図4のように構成する。


6.可視化システム・ソフトウェア

 可視化システムはMD計算プログラムと統合されているため、同じ計算機上で計算と可視化を行なう。C言語、OpenGLを利用するなど汎用性があるので、スーパーコンピュータをはじめワークステーション、パーソナルコンピュータにおいて、Unix,PC-Unix,Microsoft Windows上で実行可能である。

7.計算結果,実行結果の一例

 一例として行なった対話型MRMD計算の条件を表2に示す。現段階では画像表示に時間がかかるので、画像更新の間にしか対話が入れない現プログラムでは比較的少数の粒子(計110個)を扱うことが対話的シュミレーションの有効性を考察するには適当と判断した。


 図5は、通常のMD計算中に原子および原子の集合体を対話的に移動している状況である。表示およびマウス移動が平面(2次元)に限られるので、3次元の視界変換を併用しながら思う場所に原子を動かす。クラスターとして動かすときには、中心を指定して適当な領域内の原子を認識させてから行なう。構造的に安定な状態で一つの原子を動かすと系全体にエネルギーが加わり、全体が振動し出したり劇的な構造変化が起こる場合もある。

 図6は、MD計算領域の範囲を対話型に変更している状況である。球状のワイヤーフレームでMD計算領域(内)と剛体として扱われる領域(外)の境界を示している。クラスター同士の相互作用が少ない時刻で大きく剛体領域をとっていても、クラスター結合後の原子配置などはまともに全部MD計算を行なう場合と大差がない。一方、表面原子間の相互作用が大きく変化している時刻で適切に剛体領域をとらないと計算が発散したり、クラスター同士が食い込んだりする不都合が出て来る。適切な結果を導くためにはシュミレーション実行者のビジュアライズされた画像を見て適切な判断が必要不可欠であるといえる。
 研究室で実際に対話型MDシュミレーションを行なっている様子を図7に示す。



8.考察 ―実行環境と計算速度―

 スパーコンピューター(SC)も含めて今回の研究で実行可能であった各計算機について、対話型シュミレーションの実行速度を考察した。各計算機のスペックを表3に示す。同じプログラムを次の2点、(1)25ステップ後にMD領域を変更(対話的割込みはこの1回のみ)、(2)ステップが50になったところで終了、を含んだ一定条件のもとで実行し、実行時間を測定する。実行にあたっては同じ計算機上で計算と表示をする場合と、SCで計算させ(X-window)端末上で表示する場合について比べた。結果を図4に示す。同じプログラムでも、計算機によってかなりシュミレーション速度が違う。現状では通信にかかる時間も多く、同一の計算機上でMD計算と表示を行なう場合のほうが良い実行速度を得られるが、大規模計算機になるとスパーコンピューターで行なわざるを得なくなり、表示は手元のグラフィックワークステーションもしくは画像処理能力の高いPCで行なう分業化も考えなくてはならない。




9.結論

 ナノクラスター合体過程の分子動力学シュミレーションを行なうにあたり、MRMDアルゴリズムの適用とそれをさらに発展させた対話型MRMDシュミレーションの手法を開発し、適用した。単一原子として多重解像度での対話を組み込む事は計算を効率化させるとともに、さまざまなバリエーションでの計算条件の設定をしたりするのにも役立つ。また、実際に対話シュミレーションを行なってみると、対話性は確実に実行者の物理的対象への精密度を高めると言える。そして適切なかっか結果にいたるには実行者の可視化画像を見ての適切な判断が不可欠であることがわかった。
 なお、大阪大学サイバーメディアセンターの方始め、本モニター活動に協力下さった皆様にお礼申し上げます。
参考文献
  1. 齋藤・稲葉,大阪大学大型計算機センターニュース,29-1(1995-5),138-146.
  2. Milani,P,and Lannotta,S, Cluster Beam Synthesis of Nano-structured Materials, (1999), 1, Springer-Verlag.
  3. 藤本・小牧編,イオンビームによる物質分析・物質改質,(2000),269,内田老鶴圃.
  4. 駒谷・齋藤・稲葉,日本機械学会講演論文集,No.99-5(1999), pp.27-28
  5. 土肥・齋藤・稲葉,日本機械学界関西学生会卒業研究発表講演会講演前刷集,(2000), pp.(5-)7.
最後に一言:対話型シュミレーションはサイエンティフィックビジュアリゼーションの進化系、将来型である。