CALLと英語教育 ー 言語文化部英語教室の取り組み


小口 一郎(言語文化部英語教育講座 助教授)

はじめに

 つい数年前まではあまり馴染みのない語学学習方法であったCALLだが、ここ数年は施設の整備状況においても、教育関係者の認識の上でも急速に存在感を増しつつある。とりわけ大阪大学においては、コンピュータの語学教育への導入に意欲的な教官が多く、サイバーメディアセンターが啓蒙活動および授業体制の確立に尽力し、さらにCALL授業へTAが割り当てられるなど教育条件が比較的恵まれていたことなどの理由から、CALLの活用はかなり円滑に進んでいると言えるであろう。本稿ではこのような大阪大学特有の状況を踏まえつつ、大阪大学言語文化部英語教育講座が過去数年間取り組んできたCALLの活用法を概括し、今後の展望を考えるものである。
 CALL導入の当初から、英語教育講座は積極的にこの設備を使った語学教育に取り組み、教育方法改善の試みを続けてきた。個々の授業においても、絶えず効果的なCALL英語教育を目指した授業法の改訂・刷新が行われている。また講座内では日常的に授業法に関する意見交換を行っている他、各セメスターに一度「CALL英語教育研究会」を開催し、授業実践、教材、ソフトウェア、授業方法などを議論する場を設けている。
 こうした英語教育講座の取り組みを以下具体的に紹介する。まず、次節「CALL授業への取り組み」では2000年度(平成12年度)からの授業状況を概観し、CALL授業の成果と課題を考える、次に「CALL英語教育研究会」においては、英語講座が主催する研究会とその成果を披露する。最後にこれらを踏まえた上で「これからの英語教育の展望とCALL」と題して若干の将来の展望を示したい。

CALL授業への取り組み

 大阪大学にCALLシステムが導入されたのは、2000年度である。共通教育A棟に、CALL専用教室およびLL設備との併用教室がそれぞれ1教室ずつ、計2教室の体制で大阪大学のCALL教育は始まった。英語教育講座も施設導入と同時にCALL授業を開始している。さらに2002年度(平成14年度)後期より、サイバーメディアセンター豊中教育研究棟の完成に伴い、CALL専用教室が3教室とCALL教室に準じたセミナー室が1室整備されると、授業の数や多様性においても、たずさわる教官の数においてもCALL英語教育は大幅な拡張を見た。2000年度には、前後期合わせて13の英語クラスが明確にCALL授業と位置付けられ、その他4~5クラスがLLとCALL機能の併用授業となった。2001年度(平成13年度)もそのほぼ同数、12のCALLクラスと3~4の併用クラスが展開された。2002年度はCALL設備の拡充に加え、後述する研究会の成果もあり、CALL授業は飛躍的に増加し合計23クラスがCALLを中心とした授業となる。さらに2003年度(平成15年度)のCALL英語授業数は66クラスに達し、数の上からは英語授業の準主力としての位置を占めつつあると言えよう。
 導入から現在にいたるまで3年半という短い期間ではあるが、CALL英語授業はこのように飛躍的に拡充している。この間授業の方法や内容についても急速に質的発展を遂げてきた。正確に期間を定めることはできないが、これまで3年あまりのCALL英語教育はおおむね3つの段階に分けて考えることができる。主に既存の英語教育の方法をCALLに適用していた第1段階、CALL専用のソフトウェアを教育の中核に位置付け始めた第2段階、そして2002年度に設置された100人収容の大教室を利用することを念頭に置き、より効果的・効率的な教育法を試み始めた第3段階である。
 第1段階はCALL導入当初から2年ほどの期間に相当し、この時期は既存の方法や教材をCALLシステムやPC端末に載せ、利用することに主眼が置かれた。例えばリスニング授業において、ニュース教材をVHSビデオで一斉に学生に聴かせる代わりに、海外英語放送局のストリーミング放送を学生ひとりひとりが聴解する授業が実践され、個人のペースに合わせた学習が可能となった。また、インターネットにリーディングの素材を求めることで、より時代の流れに密着した速報性の高い教材を用いた教育も行えるようになった。英作文の授業においては、PC端末上で文章を作成し提出する形式も採られた。スペルチェックやコレクション機能を活用することで、より正確で効率的な作文教育ができるようになっただけでなく、これまで主に学習者個人の文章修行という性格が強かった英作文授業がPCを通すことで客観化され、より広い読み手を意識した「文書」の作成の場に変容し、社会と結びつき、発信する英語教育への方向付けが一層明確になったことも収穫であった。出席や学習の進行状況、そして試験等の電子処理が可能になったことがもたらした効率化は言うまでもない。
 第2段階は英語教育用ソフトウェアが積極的に活用され始めた段階である。CALL英語教育研究会等の機会を利用しソフトウェアへの理解を深めた結果、2002年度から速読およびTOEIC対策のNetAcademy、リスニング用マルチメディアソフトのListen to Me、TOEFL対策のPowerPrepなどのソフトウェアの利用が大幅に増え、CALL英語授業のうち70~80%のクラスで、主教材、補助教材、または試験用素材として使われるようになった。G. Stenson and L. Barksdale, Idea, Design, Machine (英潮社)などのCALL対応市販教材が使えるようになったのもちょうどこの時期である。こうして教官側が経験を積むに従って、これらソフトウェア教材の特性も次第に明らかになってきた。基本的にCALL用ソフトウェアは自学自習用教材として設計されているため、学生はサーバから送出された教材に一人で取り組み、他の学生とのコミュニケーションは必要とされない。これは、個人個人の学習ペースや嗜好を尊重できるという点では確かに有意義であり、成果も上がっている。しかし反面、クラス全体として学習に取り組む雰囲気を醸成することを困難にし、結果として学習者間で意欲や成果に関して大きな差が出てしまうことにもなった。全体の雰囲気によってひとりひとりの学習者を引っ張り、意欲を引き出すことができないため、学習意欲に欠ける者と動機付けの高い者の差が増幅されて発現する傾向があるためである。この点を補うため、一斉授業的要素と自学自習要素を1授業時間内に適切に配分しクラスの雰囲気作りを意識的に行うことや、それ以外の要素、例えば小テストの適切な実施など、によって学習者ひとりひとりの動機付けをして行くことがソフトウェアを中心とする授業には必要であることが改めて理解された。
 この経験に基づいて、各教官はより確立した授業方法をCALL教室で実践できるようになったが、同時にCALL英語教育の第3の段階とも言える新たな展開が生じてきた。2002年度後半から2003年度にかけて、近い将来に見込まれる英語受講者数増加への対応、そしてこの問題と関連した100人収容のCALL第1教室の利用方法などがいよいよ喫緊の課題として立ち現れてきたからだ。またネイティブスピーカーによる英会話授業にCALLを本格的に利用する構想が初めて提起され、実行に移されたのもこの時期であった。
 大阪大学において英語受講者数が増加することはすでに既定の路線である。現有スタッフの範囲内でこの状況に対処すると共に、教育効果の薄いマスプロ授業に陥ることを防ぐ必用がある。このような条件の下、受講者個人のニーズに対応しうるCALLならではの機能を生かした新しいスタイルの大人数授業のありかたを模索すべく、英語講座では2003年度に70人収容のCALLクラスを合計7つ設定した。これまでに培ってきた教育方法を生かし、大人数制と学習者ひとりひとりへの配慮を両立させた授業を目指している他、2つの新しいアプローチをも試みている。1つはリスニング授業において教材提示をデジタル化し、各学生が進度や能力に応じてCALLサーバから音声や画像を直接取り出して学習ができる体制を作ったこと。インターネット放送よりもスピーディーに教材へのアクセスができるようになり、かつ教師の側からの教材選択の幅も広がった。また、さらに先進的な授業方法として、自動採点・集計システムを取り入れたリーディングの授業も導入されている。多選択肢問題とリーディングテクストを組み合わせた電子書類形式の問題を作成し、時間を区切った上で学生に取り組ませる。解答と同時に、プログラムは個人別とクラス全体の観点から成績を集計し、各人の実力や弱点とクラス全体の解答傾向をたちどころに教官に提示する。努力が得点に直ちに反映されることで、個人個人の学習の動機づけと大人数授業の運営を両立させる試みであり、この種類の授業の成果は今後真剣な検討に値しよう。講義形式の問題解説と適切に組み合わせることによって、特にTOEFL対策などには最適な形式の授業であると考えられる。また、ネイティブスピーカーによるオーラルコミュニケーションの授業では、各学生がPC端末のPowerPoint上で英語による研究発表用の文書を作成し、口頭発表するという試みを行っている。成果の詳細は本号のTimothy Gould氏の記事に譲るが、このアプローチは、作文表現力と口頭でのコミュニケーション技能を涵養すると共に、インターネットを使った英語による情報収集・分析能力を高める意味でも効果的であると言えよう。
 以上2003年度までの英語教育講座によるCALL教育への取り組みを3つの段階に分けて瞥見した。ここで今後の取り組みについて若干触れておきたい。2004年度以降も、これまで3つの段階で培ってきた教育方法や内容をより有効に活用して行くことは当然求められる。特にネイティブスピーカーによるCALL活用、そして大教室の収容能力を生かしたリーディング授業はその可能性を追求しながら拡充して行く必用があるだろう。また、従来型のソフトウェアの弱点を解消した新たなソフトウェアの活用も、成果が期待できる分野である。既にCALLには医学部の1、2回生を対象とした医学英語専用のソフトウェアが導入されているが、これはリーディング・リスニング・スピーキングの要素を統合し、より実際の英語運用場面に近い状況を再現しながら学習ができるものであり、タスクの単調さと人工性という既存のソフトウェアの問題点をかなりの程度克服している。また、これまで難しかったライティング授業への対応についても、阪大生に相応しいレベルの授業を行えるソフトウェアが開発されつつある。例えばTOEFLを主催するETSによって制作されたライティング評価ソフトウェアは、学習者が書いた英文エッセイについて細かい文法事項から文体上の問題点までを、かなりの程度適格に指摘し添削できる能力を持っている。文法上の基礎的な問題点や簡単なミスの修正をソフトウェアに任せてしまうことで、教師はこれまでより一段高いレベルの、内容の濃い作文教育を提供することが可能となるだろう。
 CALL英語教育と一口に言っても、実際は担当教官の指導方針や適性、そして受講する側の英語力、学習意欲、受講者数などの種々の要因によって非常に多様であり、明確に分類することは難しい。以上紹介してきた授業実践が、今後さらに効果的な新しい教育方法の開発に貢献することは疑いないが、この概観ではくみ取れなかった他の様々なCALL授業への取り組みからも、大きな可能性を持つ新たな英語教育法が生まれてくるであろう。

CALL英語教育研究会

 英語教育講座によるCALL教育を側面から支援してきた制度として、「CALL英語教育研究会」がある。2001年度末に始めて正式な形で実施されたこの研究会は、CALL経験の浅い教官に対して啓蒙的な役割を果したが、最近では教育方法のより高度な改善に主眼を移し、方法論の面から英語講座のCALL授業を支えている。以下これまでの内容をごく簡単に列挙する。
 2001年度の2月に行われた第1回の研究会では、「CALL授業への取り組み」の節で紹介したCALL英語教育の第1段階にあたる教育方法と成果が披露され、多くの英語教官がCALLを利用するための礎となった。発表された授業方法は、オーストラリアABC放送のウェッブサイトとストリーミング放送を利用したリーディングとリスニング授業、および衛生放送で受信可能なアメリカのテレビニュースを、ウェッブサイトで刻々と更新される最新のニュース記事と組み合わせて利用する授業、という2つの実践例である。前者の方法に基づいた授業とその成果は、2002年度後期に全学FD活動の行事「CALLシステムと外国語教育」において発表された。また後者は、同じく2002年度後期に国立7大学外国語教育連絡会合同シンポジウムにおいて先進的な授業実践として発表され、好評を博した。その他この第1回目では、サイバーメディアセンターの協力を得て、NetAcademyやBBC Englishなどのソフトウェアの利用法を習熟する機会が持たれ、より多くの教官がCALLに取り組める素地をつくることとなった。
 第2回の研究会は2002年度の9月に行われ、最新のCALL用市販教材を利用したリーディングの授業が紹介されると共に、再びサイバーメディアセンターの協力の下、ソフトウェアの理解をさらに深めるワークショップの場も提供した。市販教科書を用いて比較的手軽にCALLが利用できることを示し、CALL利用の心理的障壁を取り除いたという意味で、この第2回研究会は2003年度におけるCALL利用の大幅な拡大に大きな貢献をしたと言える。
 第3回の研究会は2003年度当初の4月に行われた。今回はドイツ語教育講座の協力を得て、同講座外国人教師Torsten Schlak氏に、PowerPointによる発表プロジェクト型授業の実践について報告をいただき、さらに英語講座のスタッフによって京都大学と熊本大学が制作したCALL用マルチメディア教材の紹介がなされた。Schlak氏のドイツ語授業は、学生が自己の創意で研究発表用のファイルを作成し発表するという、初修外国語の取り組みとしてもたいへん意欲的かつ先進的なもので、予定の時間を延長して盛んな質疑応答が行われた。2003年度のGould氏による英語授業でのPowerPoint使用の試みは、この先駆的な授業に触発された一面があり、直接的、間接的にSchlak氏の貢献は大きかった。
 これまでの研究会の実績を受け、2003年度はさらにあと2回ほど、そしてそれ以降も続けて同様の会を催す予定である。CALL英語授業のような新しくかつ進歩の速い教授法においては、このような研究集会の果す意義は大きいばかりでなく、不可欠であると言えよう。講座内そして講座を超えたディスカッションを様々な形で続けて行く一方で、CALL英語授業研究会は教育法研究と授業支援の両方で今後も中核的な位置を占めて行くであろう。

これからの英語教育の展望とCALL

 大阪大学の英語教育はいろいろな意味で変革の季節を迎えている。まず受講生たる1、2回生の変化がある。学生が入学までに身に付けてくる英語力は、学習指導要領の改訂や学校教育制度の弾力化によってこれまでとは質的に異なるものになりつつあり、かつ学生同士の実力の開きは今後さらに大きくなると見込まれる。英会話スクールや自習用マルチメディア教材の普及によって、低年齢から学校外で英語教育を受ける機会が増えていることもこの傾向に拍車をかけるであろう。また、学内からは理系学部を中心に、学生や院生が国際レベルで研究活動ができる英語力を要望する声がいや増しに高まり、これと関連してTOEFLを中心とした国際的英語検定試験等への対応が大阪大学の英語教育にも求められている。JABEEなどの高等教育認証機関からの認証を受けるため、学内における実践的外国語教育のさらなる充実を要請する声もあがっている。また日本社会の国際化が進展すると共に、社会のリーダーたる大阪大学の卒業生には高度な外国語能力が求められるという、より一般的な状況も勘案しなければならないことは言うまでもない。必然的にこれらの状況は英語教育の質的変革と量的拡大を要請することになるだろう。
 このような学内外の相方にわたる要求に、言語文化部英語教育講座はどのように応えて行くべきであろうか。もちろん、「深い異文化理解に裏打ちされた高度な外国語運用能力」という言語文化部の基本方針は、今後もその価値を減じることはない。むしろこの時代を超えて有効な枠組みの中で、どのような教育を実践し、基本方針の理想に近づきつつ学内外の要請に応えて行くかを考えるのが正しい道であるように思える。設備の数や規模によって自ずと限界があったとはいえ、CALLは教育の質を担保しながら、より多くの学習者を受け入れることができる潜在能力を示した。大阪大学の学生が身につけるべき質とレベルの英語力を絶えず意識しながらCALLの可能性を今後も追求し、英語教育におけるより有効な位置付けを探ることが今こそ求められている。