各研究部門の紹介と抱負
大規模計算科学研究部門
はじめに
基礎科学・自然科学の分野においては、1980年代後半より、理論科学・実験科学と並び立つ”第三の科学”としての計算科学の重要性が指摘されている。21世紀を目前にした今、計算機環境の飛躍的な進歩を背景として、自然理解のために計算科学の果たすべき役割はますます大きくなりつつある。そのような認識に立って、本部門では、先端的基礎科学研究を行う組織との緊密な連携のもとに、、高度な情報処理を自然科学分野を中心とした大規模計算科学に応用する。また、計算科学における広義の理論追求のための高度な計算利用およびその環境に関する研究を行う。
1.大規模計算科学におけるシュミレーションの基礎研究
基礎科学のあらゆる分野で、計算機シュミレーションが重要な手法として用いられるようになってきている。特に、生命に代表されるような複雑な現象を理解するための数理科学的手法としては、計算機シュミレーション以外に有効な手法がないというのが現状である。中でも、自然科学を中心として、現実を再現するという意味でのシュミレーションよりは、むしろ抽象的な数理モデルの振る舞いをシュミレーションによって理解しようという方向性が盛んに模索されている。
本部門では、自然の論理を理解するための「これからの計算機シュミレーションのありかた」と技法を研究するとともに、基礎科学の各分野で研究を行っている組織と連携して、「シュミレーションによる自然理解」を目指す。具体的には、生物や交通流など学際的なテーマを扱っている。これら複雑なシステムや巨視的なシステムの理解をすすめることを目的として、統計物理学・非線形動力学の立場から研究を行う。蛋白質や生態系などの生物・生命に関連した問題には特に力を入れている。また、統計力学の基本的な問題として、スピン系やランダム系の相転移・臨界現象の研究にも取り組んでいる。
これらの研究分野の最近の進歩におけるかなりの部分が計算機の進歩とともにあったといっても過言ではないが、そこではシュミレーションを用いた基礎科学が計算科学の1ユーザの立場に甘んじていたこともまた事実であろう。これは、すーぱーコンピュタでさえそのアーキテクチャーが、確立した汎用の科学技術計算を想定して構成されていることも明らかであり、基礎科学研究者は、大なり、小なり「汎用計算機」を「買う」なり「借りる」なりして使用してきたのである。しかしながら、21世紀は、以下に示すように、シュミレーションを用いた基礎科学の側が、計算科学を方向付けし、デザインする時代になることが予想される。
2.大規模計算科学のための高度な計算機利用法の研究
高度な計算機利用には高度なアルゴリズムの開発が不可欠であるが、数値計算アルゴリズムは扱いたい問題と独立に存在するわけではなく、問題の特性に応じたアルゴリズムを開発あるいは選択しなければならない。行列計算やフーリエ解析といった個々の部品については洗練された汎用パッケージが存在するものの、「汎用的パッケージ的」な思想が基礎科学の研究にそぐわないことは、第一線の研究者なら誰でもが感じていることである。その一方で、最先端の数値計算技法が一般の研究者に知られず、古いアルゴリズムがそのまま用いられるという傾向も目に付く。たとえば、ニュートン力学の問題を解くためにルンゲ・クッタ法を使うなどは、アルゴリズムの誤用として典型的なものであろう。
また、基礎科学の分野では、米国NASAのBeowolfやLos Alamos研究所のAvalonといったシステムに見られるように、パーソナルコンピュータクラスの計算機を多数疎結合した安価な計算機クラスターが使われ始めている。基礎科学の研究者が「汎用」の思想よりも「自由な計算機」を思想に魅力を感じていることの現れであろう。このような形式の計算機利用形態がこれからますます盛んになり、計算機利用に対する思想そのものを変革してゆく可能性が高い。
本部門では、基礎科学諸分野の研究機関と連携して、最先端の数値計算技法を積極的に紹介しつつ、「汎用」の思想とは一線を画した大規模計算科学のための数値計算アルゴリズムの研究を行う。また、パーソナルコンピュータクラスの計算機を結合した安価な計算機クラスターによる「基礎科学のための自由なコンピュータ環境」についても研究を行う。本部門を中心とする研究グループは、1990年度に56CPUからなるBeowolf型PCクラスタを構成し、先に述べた複雑なシステム、生命・生物系の解析に使用し成果をあげている。
3.大規模計算科学における情報の可視化と表現
基礎科学が複雑な現象を対象としてはじめたこと、ならびに大規模計算シュミレーションをはじめとする数理的手法の発達により多量のデータが生成されるようになったことが、「理解の仕方」についての問題を投げかけている。特に、自然科学分野では多量のデータから各種の原理や法則性掴み取るために、いかにデータを表現するかが課題となりつつある。データの可視化はそのためのもっとも基本的なアプローチであり、先端的研究成果の可視化が各所で試みられている。
本部門では、可視化を中心として、自然理解のためのデータ表現のありかを研究するとともに、実際に先端的成果を生み出している多くの組織と連携することにより、その応用を行う。
4.計算機科学および関連する科目の教育の兼担
本部門では、大阪大学大学院理学研究科物理学専攻協力講座(学際計算物理グループ)として、計算科学や基礎科学分野での高度情報処理および関連する科目の授業を兼担している。これらの教科を最先端の研究成果を有効に活用した最新カリキュラムで実践し、本学における当該科目教育の高度化に大きく貢献したいと考える。