基礎工学部情報科学科におけるPBL教育に関する取り組みと プレゼンテーション能力の育成
石原 靖哲(大学院基礎工学研究科 情報数理系専攻)
(ishihara@ics.es.)
村田 正幸(サイバーメディアセンター 先端ネットワーク環境研究部門,
兼 大学院基礎工学研究科 情報数理系専攻)
(murata@cmc.)
1.基礎工学部情報科学科におけるPBL教育に関する取り組み
1.1 PBL科目の目的
基礎工学部情報科学科では、新しい工学教育の取り組みとして創成科目(われわれはPBL;
Problem-Based Learningと呼んでいる)を2000年度より開講している。PBL科目は、基礎工学部全体でも2年次を対象として学科(コース)ごとに2000年度より開始されたが、情報科学科では1年次から実施している。その主たる目的は、学生の主体的活動を通じて、問題に対する自己解決能力を身に付けさせるところにある。さらに、与えられた問題を解決するだけでなく、問題自身を見つけ出す能力も養いたいと考えている。具体的な目標とその解決に向けた取り組みは、以下のようになる。
1) [目的意識]情報科学科を卒業することによって、どういう職業人になるか、どのようにして社会的貢献ができるのかをまず知り、そのために何を学ぶべきかを考える。また、専門知識を身に付けることの重要性を認識する。これらを一度に解決できるわけではもちろんない。1、2年次に渡って、個々のテーマ設定の中で解決するようにしている。
2) [コミュニケーション能力]コミュニケーション能力や説得力を身に付ける。議論やプレゼンテーション、レポート作成などを通じて自分の考えを伝えることの重要性を認識し、そのためのスキルを学ぶ。議論の時間を積極的にとり、また、企業などを実際に訪問してインタビューし、それらの成果を学生たちの前で発表するようなテーマを設定している。
3) [グループ活動]グループ活動を行うことによって、他人との協調作業を行いつつ、自分の役割をどう果たすかの重要性を認識し、具体的作業の中で問題点を認識し、解決していく能力を養う。
4) [自己管理能力]学生は講義だけでなく、クラブ活動、アルバイトなどに忙しく、時間に追われる結果、自己を見失うことも多い。そのようなことがないように自己管理能力・時間管理能力を身に付ける。グループ活動を主体にしながらも。学生は研究室に配属させる形をとり、それによって研究室の教官や大学院学生との接触の機会を積極的に作っている。また、各研究室にはアドバイザ(多くは研究室の若手教官)をおき、アドバイザはグループ活動の進行度のチェックや学生個人に対するケアを行っている。
5) [社会人としての教養]技術以外の諸条件(倫理、経済、法、環境など)や教養科目の意義を理解する。このような問題に関しては、講義すること自体困難であるが、後述するミニレクチャなどで繰り返し述べることによって注意を喚起している。
6) [学習の習慣]講義を受身で聞くのではなく、常に自分から学ぼうとする習慣を身に付ける。 もちろん、上記目標を同時に解決できるような講義科目の設計は不可能であり、1年次からPBL科目を途切れなく実施することによって、目標をバランスよく達成できるように心がけている。
1.2 これまでの実施テーマ
上記目標を達成するために、これまで以下のようなテーマを実施した。
1年次
[2000年度前期]豊中市社会福祉協議会のホームページ作成。豊中市社会福祉協議会をクライアントとして、そのホームページを作成し、納入した。
[2000年度後期]高校生向けパンフレット作成。毎年実施している高校生の一日体験入学において配布するために、情報科学科を紹介する高校生向けパンフレットを作成した。また。技術の調査発表。いくつかの分野における技術に関する調査を実施し、発表を行った。
[2001年度前期]将来どのようなキャリアを歩むべきかを考えるために、企業のOB訪問、自学科のカリキュラム調査などを実施している。
2年次
[2000年度前期]IT関連技術のフィールド調査。企業訪問により関連技術の調査を行い、発表した。
[2000年度後期]新しい携帯電話サービスの考案と企業への提案。携帯電話の新しいサービスを考案し、企業に飛び込み訪問し、考案したサービスのセールスを行った。
[2001年度前期]対戦ゲームの製作とグループ間の対戦。戦略問題を解くプログラムを作成している。
すべてのテーマ設定において、グループ活動の成果を他の学生の前で発表させることによって、本特集のテーマとなっているプレゼンテーション能力の養成もねらっている。また、学生・教官以外にもプレゼンテーションを行う機会をできるだけ持つようにしている。プレゼンテーション能力の養成についての具体的な取り組みについては、2章において最新技術の調査発表を例にとって詳細に述べることとし、次節では実施体制を最後に紹介したい。
1.3 実施体制
PBL科目の実施においては、全体ミーティングおよび教官によるミニレクチャと学生グループによる主体的活動を交互に繰り返している。ミニレクチャは10分程度をめどに、必要な時に最低限の講義を教官が行うものである(Threaded Approach)。ただし、
・ 学生グループだけの活動には限界がある
・ 1年生からの早期ドロップアウトを予防する
・ 教官・先輩学生との接触の機会を増やす
などの観点から、学生はグループごとに研究室に「配属」し、研究室の教官がアドバイザとなってグループ活動を支援していく形をとっている。ただし、各研究室にPBL科目の実施を100%任せてしまうのではなく、学科全体でPBL実施委員会を組織し、PBL科目のスケジュール管理を行うことによって、研究室の負荷を最小限とした。全体の連絡調整や問題点の把握のために、委員会を随時開催し(現在、1月に1回程度)、またWebベースの連絡システム(いわゆる掲示板)により連絡を密にしている。また、委員会では、担当者がミニレクチャを事前に披露し、委員からの忌憚のない批評を受け、実際に学生に話をするまでに改善している。教授法についての議論なども出るため、この委員会は図らずもFD (Faculty Development)活動になっている。
2.課題調査の実施例とプレゼンテーション能力の育成
PBL科目の実施例として、1年生に対して2000年度後期に設定した「興味のあるテーマを自ら選び、それについて調査・発表せよ」という課題について述べる。
2.1 課題の概要
本課題は12月から2月にかけての7コマを使って行われた。具体的なスケジュールは表
1のとおりである。学生に対してはあらかじめ、どのようなテーマで調査をしたいかについてアンケートを取った(先端技術、ハードウェアのしくみ、人の歴史、ものの歴史の4項目から選ばせた)。そして、同じ希望の者が同じグループになるよう、全学生を6~7名ずつの14グループに分けた。さまざまな立場の方に聞いていただくことを想定し、「正確かつ客観的な調査を行うこと」と「調査結果に対する検討と考察を十分に加えること」の2点を目標として与えた。
表 1 スケジュール
12月 7日 |
課題説明
ミニレクチャ「情報探査の方法」
テーマを選んで調査開始 |
12月14日 |
調査 |
12月21日 |
ミニレクチャ「プレゼンテーションのしかた(調査報告編)」
調査、発表準備 |
1月11日 |
数グループずつによる中間発表会 フィードバックを与える |
1月18日 |
ミニレクチャ「調査レポートの書き方」 フィードバックをもとに再調査、再検討 |
1月25日 |
数グループずつによる予選発表会 4グループを選出 |
2月 1日 |
情報科学科オープンハウスでの発表会 |
2.2 プレゼンテーション能力の育成に関する取り組み
学生は前期のうちにOHPやPowerPoint等を用いたプレゼンテーションを経験済みであったが,本課題のような調査報告を行うのは、少なくともPBLでは初めてであった。そのため、発表準備に取り掛かる頃を見計らって「プレゼンテーションのしかた(調査報告編)」というミニレクチャを実施し、「調査のアプローチのしかたや調査結果から導かれる結論をはっきりさせる」などの留意点について講義した。その次のコマでは3~4グループずつ4会場に分かれて中間発表会を行った。中間発表会には教官・学生のほか大学院生も出席し、各グループの調査内容と発表の仕方をそれぞれ5点満点で採点して具体的なコメントをつけて学生にフィードバックした。
各グループは与えられたコメントをもとに調査・発表を改善し、予選発表会に臨んだ。予選発表会も4会場に分かれて行い、各会場における参加者の採点に基づいて1グループずつ選出した。
2.3 オープンハウスでの発表会
予選発表会で選出された4グループは、情報科学科オープンハウス(情報科学科の恒例行事として、学科の研究成果を企業の関連研究者などに公開している)当日に、学科外からの多数の見学者の前で発表を行った。課題のスケジュールがタイトであったこと、学部1年生ということで予備知識が十分でなかったことなどから、調査そのものや調査結果に対する検討がやや表面的なものに終わってしまっているという印象をもった。しかし、プレゼンテーション自体については、持ち時間をずいぶんオーバーしたグループがあったり、質疑応答がぎこちなかったりなどの点はあったものの、どのグループも堂々とした発表ぶりで、学部1年生としては上々の出来であったと感じられた。なお、見学者の方々には各グループの調査内容と発表の仕方について採点をお願いし、コメントをしていただいた。それら採点結果・コメントは後日全学生に対してフィードバックし、どの発表がどのような評価をされたかがわかるように配慮した。発表した4テーマと、それぞれに対して学科外の方からいただいたコメントのうちの一部を表
2に示す。
表 2 発表テーマと学科外の方からいただいたコメント(一部)
・ 燃料電池(先端技術)
> もう少し自分たちで疑問を出し、それを掘り下げるようにしてもらうとよい。
> アニメーションを用いて説明しているのはわかりやすくてよい。
・ CD,DVDのしくみ(ハードウェアのしくみ)
> 調査は正確で客観的であった。調査目的を明確にすればよりよいものになる。
> 規格を調べるだけでなく、これからどうなっていくのかについて検討
・ 議論がほしい。 ・ 古くて新しい技術DSL(先端技術)
> 古くからある技術であるがなぜ普及していなかったのかを掘り下げてほしい。
> 通信の技術的な面での比較(xDSLとその他)があるともっと面白かったと思う。
・ 日本の一般家庭において入力装置としてキーボード・マウスが普及したのはなぜか(ハードウェアのしくみ)
> 内容の是非はともかく、調査目的に対して考察もよくなされているようであった。
> 数値データ等を用いて論証して検討に説得性を持たせた方がよい。 |
3.おわりに
PBL自体の効果はすぐに見えてくるものではないが、本学科では昨年度の終わりに教官向け、学生向けのアンケートを実施した。学生からの評価はおおむね良好であったが、時間的な負担の大きさは多く指摘された。講義あたりの予習・復習も含めた割当時間を学生が自覚していないこと(講義の時間に出席すればよいと思っている学生が多い)、これまでに経験のないテーマ設定であること、学生の時間の使い方(グループ活動のスケジューリングに慣れていない)などにも問題があろうが、今年度のテーマ設定やそのスケジュールに反映するように努力しているところである。
参考文献
[1] 都倉:創成科目の考え方と実施案、日本工学教育協会第48回年次大会工学・工業教育研究講演会、No.81,
2000.7.
[2] 都倉、村田、中村:ある創成科目の計画立案と実施状況-1年生向け創成科目の例、前掲 No.82.
[3] 都倉、齊藤、武内:ある創成科目の計画立案と実施状況-2年生向け創成科目の事例、前掲
N0.84.
[4] 都倉:創成科目と実施例、 ソフトウェア科学分野・計算機科学分野 教育ワークショップ、
March 2001. 18