文学部の科目「哲学演習」って何?

入江 幸男(大学院文学研究科 文化形態論専攻)
         

1.授業について  

 今回はじめてサイバーメディアセンターの教室を借りて授業をしました。それは「哲学演習」(授業題目は「哲学入門HPの作成」)という授業で、今年初めて試行してみたものです。この授業の内容は読んで字のごとくです。今年はとりあえず、高校生をターゲットにして、彼らの関心に応えられるような「哲学入門HP」を作ることを授業の目標にしました。授業はまだ進行中で、出来上がりは秋になる予定ですが、完成すれば、講座のHPで公表するつもりです。サイバーメディアセンターの教室を借りたのは、HP作りのテクニックを身に付けてもらうため(あるいは思い出してもらうため)の講習をするためでした。6月に3回、火曜日4限目の時間に教室を使用させていただきました。5月に講習の必要を感じて、急遽依頼したにもかかわらず、迅速に教室を用意して頂くことができ、大変助かりました。実際には、私よりもHP作りに詳しい学生(文学部3年生山上紘充君)に講習のチューターをやってもらい、私も学生に混じって質問しながら楽しく勉強しました。私ははじめてサイバーメディアセンターを利用したのですが、教室もまたシステムも大変使いやすくできていると思いました。まだ、授業が完了していないので、ここではこの授業の意図を説明したいとおもいます。
 おそらく哲学に何らかの興味を持っている若者はたくさんいると思うのですが、インターネットの世界には、その関心に応えるような哲学入門などのページはまだほんの僅かしかありません。人が哲学的な問題に関心を持つきっかけはたくさんあるとおもいます。恋や友情の悩み、身近な人の死、自分の将来を決めること、などがきっかけになることもあるでしょうし、政治問題や社会問題がきっかけになることもあるでしょう。あるいはまた、自然科学の基礎、論理学や数学の基礎、などを考えることがそのきっかけになるかもしれません。哲学に入る門は非常にたくさんあります。それらのたくさんの関心に応えて、そこから生まれる素朴な哲学的な問題に、これまでどのような答えが考えられており、それがまた他の哲学的な問題とどのように関連しているのか、などを解説するページがあれば楽しいし、多くの人の役に立つだろうとおもいます。これは教育用HPということになるのだと思いますが、こういうものを作るには哲学の専門の知識が必要であり、今後は哲学研究者の重要な社会貢献になるだろうとおもいます。私は以前からこのようなものを作ってみたいと思っていたのですが、しかし自分ひとりで作り上げるだけの時間的な余裕はありません。そこで今回、学生の力を借りることにしました。  ところで、大学での哲学の授業は、講義と演習からなっています。講義には概論的なものと専門的なものがありますが、いずれにせよ学生にとって講義は一方的に話を聴くものになってしまいます。演習にも二通りあます。ひとつは、哲学の古典的なテキストを読む訓練をするものです。学生はテキストの訳を準備してきて、授業でそれをチェックし、内容について議論するというはずなのですが、院生はともかく、学部生にとっては、訳することと内容を理解することだけで精一杯で、それについて議論するというところまではとても踏み込みません。もうひとつの演習は、博士論文、修士論文や卒業論文の作成のための演習です。これは学生の発表と質疑が中心になりますが、ここでも学部の2、3年が対等に議論に参加することには無理があります。そうすると、哲学的な問題意識を持ち、意欲を持って専門課程に入ってきても、その意欲に応える授業がうまくできていない、というのが現状かと思います。そこで、彼らの哲学研究への意欲に応えて、しかもまだ素人っぽい彼らの問題意識をそのまま生かし、かつそれを専門的な哲学研究へと導くための授業として、上のような「哲学入門HPの作成」を考えたわけです。  以上の二つの意図は、うまい具合に一致します。私自身も高校生のときに哲学に関心を持ち、この道に進もうと考えたのですが、しかし、それからすでに30年がたとうとしており、現在の中学生や高校生がどのような意識で哲学に関心を持つのか、図りかねるところがあります。その点、数年前まで高校生であった学部生の意見を生かすことによって、若者向けの哲学入門HP作りがはじめて可能になるといえます。(なお、今年度は、高校生を対象にしたページ作りを考えていますが、うまくいけば、中学生対象のものや、さらには小学生対象のものを考えてみるのも楽しい作業になるだろうと思います。)また、学生にとっても、これは参加型の学習ができるというだけでなく、勉強の成果が社会に公表される結果となるところから、勉強の意欲が掻き立てられ、さらには学習のスキルだけでなく、発表のスキルを身に付けることができるはずです。

2.雑感 大学の社会貢献にむけて  

 ところで、大学の役割として、教育と研究に加えて社会貢献ということが言われます。研究に学生の力を借りることが、学生の教育にもなるということがあるとおもいますが、社会貢献についても、学生の力を借りて、しかもそれが学生の勉強にもなるというやり方があるのではないでしょうか。教育用ソフトを学生と一緒に作るという作業は、学生の力を借りた社会貢献として可能性があるだろうとおもいます。  先日あるドイツの雑誌で、ドイツは今後かなりの予算を教育用ソフトの開発に投入して、教育用ソフトで世界一を目指す計画があるというのを読みました。おそらくは、日本でもこれら教育用ソフトの開発が重要視されるようになるでしょう。ドイツ語も日本語も利用者が限られているので、世界一を目指すというのは難しいかもしれませんが、しかし逆にいうと言語の壁があるので、日本人が利用できる教育用ソフトは日本人が開発しなければならないという必要性もあります。もちろん、需要の大きなソフトを中心にして、これはひとつの産業になるのでしょうが、しかし産業としてはなりたたないけれども、必要な教育用ソフトというものも多様にあるはずです。そのところに、学生を含めた大学の人材を生かせる可能性があるとおもいます。  
 今回サイバーメディアセンターをはじめて利用して、学生たちがたくさんのHPを作っていることを知りました。そのなかのほんの少ししか覗いていませんが、非常にセンスのいいHPがたくさんあるという印象をもちました(私のHPのセンスが悪すぎるのかもしれませんが)。外部に公開できないのが、もったいないような気もします。もちろん、いろいろなHPがあって、問題になりそうなものもあるのかもしれませんし、公開することによってシステムの安全性が保てなくなるのかもしれません。しかし、教育用の場とはいえ、そこに発揮されている学生の力とセンスを、大阪大学から社会への発信に生かす方法はないものかと思います(といっても、いまのところ妙案が浮かびません)。とりあえずは、素晴らしいページを作っている学生たちに賛辞を送りたいと思います。