かつてのヘビーユーザの独り言
小田 和広(大学院工学研究科 土木工学専攻)
1.地盤工学とスーパーコンピュータ
私は、工学研究科の土木工学専攻に属しています。なかでも地盤工学というイメージ的にいって最も土木っぽい分野の研究をしています。さて、その地盤工学とは何かというと、人間が社会生活を営んでいくためには、人間にとって好ましい空間を創造することが必要です。そのためには、地球に対して何らかの作用を加えなければなりません。例えば,森林や山地を切り開いて農地や都市を造るとか、海を埋め立てて人工島を造るとか、地下街やトンネルを造るとかが挙げられます。このような場合、地球上は地盤に覆われているわけですから、必ず地盤に対してなにがしかの作用を加えなければなりません。つまり、地盤工学とは単に土木工学の一分野ではなく、地盤とか土とかに関わるすべての工学的問題を取り扱う工学分野です。
そんな地盤工学ですから、コンピュータの利用方法も多種多様です。私の場合に限らせていただくと、私の主要な研究の一つとして、地盤の変形予測という地盤工学分野における最もオーソドックスかつ永遠のテーマがあります。例えば、図-1は現在建設中のある埋立人工島とその現場の地盤を示しています。関西国際空港の例でもお分かりのように、粘土地盤上に構造物を建設すると長期にわたり沈下が継続します。
この沈下そのものを防止することはできないのですが、建設工程をうまくコントロールしてやれば、不同沈下などを抑えることができ、建設コストを削減することができます。要するに、金が無い分知恵と技術を使えということです。それで、重要な役割を果たすことになるのが大規模な数値シミュレーションです。例えば、この例の場合、埋立開始から約7年で、空港の供用を開始し、その後50年間その機能を維持させなければなりません。すなわち、57年間にわたる海底地盤と人工島の挙動を予測しなければならないわけです。
図-2はシミュレーション結果の一例です。建設過程や地盤改良範囲の違いに応じて、海底地盤に不同沈下が
生じることが分かります。しかしながら、最終的にはそれらは無くなり、ほぼ一定になることが分かります。
このシミュレーションの場合、一応、埋立開始から100年までを解析している訳ですが、大体、10年くらいでほぼ最終的な沈下量に達していることが分かります。
さて、この計算には有限要素法を用いた訳ですが、地盤、特に粘土地盤の場合、通常の固体力学で用いる
ような支配方程式として釣合い式のみを解くのでなく、それに加え、土中の水の挙動を併せて解く土-水連
成解析という手法を使わなくてはなりません。それに加え、土の構成関係は非常に複雑であり、せん断時のダイレイタンシー挙動等方圧縮時においても塑性変形を起こすことに加え、クリープ挙動といった時間依存挙動を示します。このため,まともにやろうとすれば、くべき連立方程式が非対称かつバンドマトリックスにならず数値解析上のテクニックが必要になります。
この解析を行ったプログラムはそのような解析上のテクニックを考慮した上ベクトル化を十分に考慮していますが(クトル化率98%程度)、それでもSX-4を使用し、計算には1週間程度(全て回しっぱなしということではない)かかったことを覚えています。
2.サイバーメディアセンターと私
最近、ほとんどサイバーメディアセンターに行かなくなりました。現在のようにネットワークが整備される前、よく磁気テープを引っ担いでセンターに通っていました。
当時は、大規模な出力結果を保存する方法がほとんど無かった上に、ネットワーク環境も現在と比べものにならないくらい貧弱でした。そのため、計算結果のデータ処理についても、その大きな部分をセンターに負わしていました。しかしながら現在では、データ整理の大部分(全て)をパソコンでやらしています。パソコンの場合、計算機使用量は当然いりませんし、図を論文などに張り込むときの親和性も高い。また、計算結果を置きっぱなしにしても課金もされないし文句も言われない(例えば、前述の解析結果の場合、その出力結果はトータルで3GB程度)。したがって、現在、サイバーメディアセンターといえばそれはそのまま数値シミュレーションをする道具としてのスーパーコンピュータになってしまいました。
3.研究の中のスーパーコンピュータ
スーパーコンピュータは速い。大規模の計算をあっという間にやってくれる。ただし、取扱量が多くなればなるほど、入力データ作りと出力結果の整理に時間がかかってしまいます。つまり、そのへんのところは,人間の能力に負う部分がまだかなり多いということです。例えば、先ほどの例の場合、入力データの作成に約2ヶ月程度必要でした。何故なら、地盤は自然にできたものであって人間が造ったものでないからです。本当のことをいうと地盤の中がどうなっているのかあんまり分からない。また、先ほども少し述べましたが土の力学挙動には未解明な点がかなりあります。そういう状況下で、少しでも信頼性のある解析結果を得るためにはどの様なモデルにすればよいのか?。入力データ作成時の単純ミスも含め、ここで、間違うといくらスーパーコンピュータさんが優秀であってもまったく意味がありません。また、解析結果を処理する場合,単に、解析結果を図化するだけではなく、シミュレーションにおいて生じている現象を如何に理解するかという作業が入ります。したがって、そのスピードは人間の考えるスピード以上には速くならない。特に、学生さんと研究しているわけですから、学生さんのスピードに併せる必要があります。というようなことを考えると、研究全体のスピードを上げるためのクリティカルパスは別のことろにあるような気がします。といって、スーパーコンピュータの役割が減じるわけでもありませんが。
4.私とスーパーコンピュータ
私にとって,スーパーコンピュータは道具です。以前はそれが、唯一の道具であったような気がします。しかし現在は、未だ重要な役割を果たしているとはいえ、その役割がかなり減じているのは確かです。つまり、それは、例に挙げたようなスーパーコンピュータによる大規模シミュレーションが私にとっての唯一の研究手法で無くなったことを意味しています。要するに、研究目的を達成するためには、唯一の手段で行うよりも、複数の手法を互いに補完しながらする方が効率的であるに決まっています。
確かに、私は、スーパーコンピュータのヘビーユーザであったと思いますし、現在までの成果の多くはスーパーコンピュータさんが無くてはできないものでした。しかし、現在、それでもなお、”かつて”という言葉とつけさせていただきます。かつてのヘビーユーザであって、現在は、只の一ユーザの独り言でした。