情報倫理教育と「情報社会と倫理」
中西通雄(サイバーメディアセンター)
naka@ime.cmc.
1.はじめに
インターネット接続環境が急速に普及し、パソコンを操れる学生も増えているが、大学1年生
の情報倫理に関する知識は乏しい。田中規久雄先生の調査でも、知的所有権や犯罪に関する知識
はインターネット利用経験者と未経験者であまり差がないことが、明らかにされている[1]。4年
前に筆者は、新入生ガイダンスでパスワード配布時に注意を与えるだけでは全く不十分であり、1年生の前半に90分×
3回程度の情報倫理教育をすべきであると提案した[2]。その後、2001年度 からは「情報活用基礎」がすべて1学期に開講されるようになり、授業の中で情報倫理について
も触れらるようになったことは評価できる。
2002 年度には筆者の知る限り、全学共通教育科目の中に情報倫理に関係する科目として、情報
処理教育科目に「情報社会と倫理」、人間教育科目に「情報社会の法と倫理」、および、基礎セミ
ナーに「情報社会の諸問題」がある。本稿では、「情報社会と倫理」について、そのシラバスや実
践内容を紹介する。この授業は、情報科学、倫理学および法学の教員が協力して、「技術」と「倫
理」と「法律」という三つの面から学習内容を構成している。また、受講学生にはプレゼンテー
ションを課し、発表やディスカッションを通じて、情報倫理に対する意識を高められるようにし
た。「倫理」面の授業内容については、本号の中岡成文先生の記事を参照されたい。
2.「情報社会と倫理」
「情報社会と倫理」は、情報科学系(基礎工学部およびサイバーメディアセンター)
の4名、文学部の1名、および法学部の3名の教官が共同して担当した。この科目は、高校教科「情報」の
教育職員免許状を取得するための「教科に関する科目」として必修科目であることから、受講生
(合計15 名}(全員1年生))のうち、課程認定を受けている学科基礎工学部情報科学科、工学部情
報システム工学科 の学生が13名を占めた。授業シラバスは以下の通り。
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授業の目的、ねらい:情報技術の進展が社会に及ぼす影響について技術の面から概観する。つい で、情報を利用する立場および情報を発信する立場に立ったとき、どう行動するべきかを倫理学 の観点から考え、法律との関連について学ぶ。
授業の計画、内容と目標:
1.ITで社会が変わるか
2.ITの基盤ネットワーク技術
3.電子商取引を支える情報セキュリティ技術(暗号を中心として)
4.情報倫理
5.インターネットと法令
6.情報公開とプライバシー保護
7.ケーススタディ
成績評価の方法:ディスカッションでの貢献度、小テスト、レポートの成績を総合して評価する。
教科書: なし適宜 プリント配布
参考図書: 高橋和之・松井茂記編「インターネットと法」有斐閣 など、講義中に随時紹介する。
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2.1授業内容とスケジュール
授業内容は、おおむね以下の通りであった。新しい科目でもあり、上記のシラバスと実際の授
業内容とは若干の差があるが、次年度以降に見直していくことになっている。括弧内は担当した
教員の所属である。
第1~2回(情報系)インターネットと!!!のしくみ、およびインターネットが受け入れられた理由など
について概説する。
第3~4回(情報系) コンピュータウィルス、インターネットセキュリティ、ファイヤウォール技術など
を中心に概説する。
第5~6回(情報系)情報管理の重要性を述べ 暗号技術(ASE暗号やRSA 暗号)を中心に情報セ
キュリティの具体的基本技術を紹介する。
第7回(情報系)情報レーティング・フィルタリング方式、& て技術面から紹介する。
第8~10回(文学) 倫理とは何か、倫理的な感覚を研ぎすます事をめざす。例えば、
迷惑メールとは何か、迷惑とは何か、迷惑をかけてはいけないのか、規制すべきかなど、
さらに、「普遍 化可能」か、道徳的とは何かについて教室内で議論する。
第11回(情報系)プレゼンテーションの方法を解説する。さらに、グループを編成し
グループごとに調査するテーマを考えてもらう。
第12回(法学) 名誉毀損、表現の自由、プロバイダの法的責任等に関する講義とディスカッション
第13回(法学) 刑法とは、ファイルマスク問題、メールの検閲等に関する講義とディスカッション
第14回(法学) 民法と知的財産権法、著作権の意味、Napster等に関する講義とディスカッション
第15回(情報系)授業の総括として、各グループごとに取り上げたテーマについて、グループの意見をプレゼンテーションしてもらう。
2.2プレゼンテーション
第15回目の授業では、プレゼンテーションソフトを用いた発表を実施した。3人程度で1つのグループを編成しており、各グループでは自分達で選定したテーマについて発表する。テーマは、 倫理や法律の授業もあることから、自由に考えさせた。その結果、受講生からは次の4つのテー マが挙げられた。
「コンピュータウィルス」、「迷惑メール」、「セキュリティビジネス」、「違法コピー」
受講生は、プレゼンテーションに大変熱心であった。プレゼンテーションは、コンピュータの操作技能に習熟する目的もあるが、むしろ、自分の力で情報を探索し、理解した情報を整理して他人に伝達する態度と方法を学ぶことができる。情報倫理教育では「なぜか」を考えることが必 須であり、プレゼンテーションは、自分で考える良いきっかけとなった。
今回は、4つのグループであったので、発表10分+質疑10分という比較的ゆったりした時間配分で実施できた。受講生が自主的に質問をすることが殆んどないため、こちらから順に指名して 質問や意見を発言させ、質疑応答の後に、参加した複数の教員がコメントを加えるという形で進めた。
2.3専門職倫理との関連
先に述べたように、本科目は高校教科「情報」の教育職員免許に必修科目でもあり、高校の科 目「情報"A/B/C」のすべてに共通する,情報社会に参画する態度- 等の学習項目を教える際に資 するものと考えている。「情報」担当教員という専門職としての情報倫理は、教科に関する科目の 「情報と職業」の中で扱う予定である。
いっぽう、工学部・基礎工学部では、日本技術者教育認定機構.(JABEE:Japan Accreditation Board for Engineering Education)
による技術者教育プログラムの認定を受けられるように準備が 進められている。この認定を受けるためには、専門職としての倫理教育が実施されていることが
要件である。この職業倫理教育には、上記の「情報と職業」をもってあてるのが適切であろう。
3.情報倫理教育の将来は
情報倫理という単語の定義をせずに用いてきたが、本稿では、「情報社会で適正な活動を行うための基礎となる考え方と態度」という意味の「情報モラル」と言い換えてもよいであろう。これまで説明してきたように、技術的知識に裏付けられた「情報モラル」を身につけ、関連する法令を
正しく理解することが、情報倫理教育の第一目的であろう。その上で、倫理的・道徳的にふるまう
ということはどういうことかを議論し、自分で考えられるようにすることが第二目的である。当
然ながら、「情報社会と倫理」では両方の目的を達成することを考えている。本科目を全新入生が
受講することは不可能であるが、90分×15回の授業を90 分×3 回程度に圧縮した内容で、「情報
活用基礎」などの1年次1 学期に開講される科目の中で教えることは可能であろう。まずは、このような形で情報倫理教育が充実されることを願っている。
このように学生に対する教育は、徐々に時代に対応したものにしていくことができるが、いっ
ぽう、教職員に対して情報倫理を教育する体制はできるであろうか3 大阪大学総合情報通信シス
テム(ODINS)に関して、ネットワークの運用管理者ガイドラインと利用者ガイドラインが制定さ
れ、各部局においてもガイドラインの策定が進められたと思うが、その内容を周知徹底するよう
な活動が行われたという話は聞いていない。最近、日本でも米国でも、企業の不祥事が世間を騒
がせており、各企業において法令等遵守コンプライアンス 態勢の構築ないし立て直しが行われ
ているようである。本学の一般教職員に対しても、研修制度などを利用して情報倫理を定期的に
教育するコンプライアンスプログラムを策定すべきではないだろうか。
参考文献
[1]田中規久雄:”大学新入生の情報倫理教育レディネス調査とカリキュラムの検討”、
平成13年度 情報処理教育研究集会論文集、pp.265-268(2001年10月)
[2]中西通雄:”情報倫理教育の導入に向けて- 大阪大学情報処理教育センター広報第15号、
pp53-55(1998年10月)
http://www.ime.cmc.osaka-u.ac.jp/kouhou98/katsudo/nakanishi.html
[3]中西通雄:”大阪大学における情報倫理教育の現状と課題続編-、電子情報通信学会
情報文化と倫理研究会、FACE2001-25、pp31-36(2002年3月)