サイバー教育のノウハウ


福井 希一 (工学研究科 応用生物工学専攻)
中嶋 幹男 (工学研究科 応用生物工学専攻)

 コロンビア大学、MIT等、米国の多くの有名大学でe-Learningが開始され、韓国ではインターネットのみで教育を行うサイバー大学が卒業生を輩出するに至っている。こうした世界的な流れの中で、30年に渡るバイオテクノロジー分野での国際交流の経験を有する工学研究科応用生物工学専攻と生物工学国際交流センターは、情報科学研究科バイオ情報工学専攻とともに(以下、応生グループと略す)アジア地域における大学と連携したサイバー教育体制を確立した。
 応生グループは、3年間に渡ってe-Learningを行い、「基礎セミナー」において15人の大阪大学新入生と高校生を教育し、英語の講義科目である「Biotechnology Basic」および「Biotechnology Advanced」で大阪大学の学生約30人と延べ100人以上のタイ王国の大学生に対して単位を発行している。ここでは、我々の得たノウハウを、システムの説明を交えながら公開する。説明の都合上、我々が実際に使ったシステムに分類を与えるが、e-Learningの基幹を支えるコンピュータ技術とインターネットの双方共が凄まじい勢いで進化・変容しつつあるため、現時点での分類は将来的に意味をなさない可能性があることを留意して頂きたい。

「インストラクター主導型講義」
 比較的最近になって実用化されたリアルタイム双方向会話を中心とするシステムであり、教官(インストラクター)が授業の流れをコントロールするため、この呼び名がある。応生グループでは、このインストラクター主導型講義のプラットフォームとして、インターワイズを選択した。インターワイズは、教官の顔のビデオ情報の送信をオフにする機能を有しており、インターネット環境が劣悪な途上国への講義において威力を発揮すると判断した。インストラクター主導型講義では、教官の声をマイクを通してデジタル信号に変換し、インターネットにより各受講生のコンピュータに配信し、そこで音声を再構成する。また、挙手をして発言権を得た受講生の音声も、同様の経路で他の受講生と教官に届けられる。さらに、教官がスライドに書き込む説明や、ホワイトボードによるディスカッションを通じて授業を進める。すなわち、音声を伝える媒体を空気からインターネットに変更しただけで、従来の教室での講義を模倣したシステムであると言える。
 インストラクター主導型の講義では、スライドの切り替えと書き込み、挙手ボタンを押した受講生への対応等、煩雑で多岐に渡る操作を教官がこなさなければならない。さらに、マウスをポインティングデバイスとして用いた場合、スライドへ意図した通りの図形を書き込むことが困難である。そこで、応生グループでは、画面に直接ペンで書き込むことが可能な液晶タブレットを教官用ディスプレイとして用いることにより、これらの問題を軽減した。液晶タブレットとマイクロフォンシステムの写真を、図1に示す。

 出力電圧が低いマイクロフォンをデジタルノイズが飛び交うコンピュータに直接つなぐと、音声が聞き取れないほどのノイズが混入する場合がある。そこで、本格的なマイクロフォンアンプを用意し、ラインレベルまで増幅してからコンピュータに入力したところ、クリアな音声品質を得ることができた。なお、マイクは、インタビュー用とコンサートのボーカル用の2本を用意した。周辺ノイズを拾い難い特性を期待してボーカルマイクを用意したが、ペンタブレットの操作をしつつ、マイクと口の距離を一定に保つことのできる教官は希少であり、「消音室+インタビューマイク」の組み合わせにすべきであったと反省している。
 応生グループが用いたシステムは、ネットワーク低負荷型であるが、多くの受講生が講義に参加した場合、日本・タイ間のインターネットの許容量を超える帯域を消費する。このため、タイ王国のマヒドン大学、チュラロンコン大学に中継サーバを設置した。これにより、日本・タイ間の負荷は、1回線分(約30Kbps)となり、十分に講義を行うことが可能となった。中継サーバの機能を、図2に示す。

 なお、教材のスライドファイルは、インターネットが比較的空いている夜中の時間帯に中継サーバまで届けて、授業が始まる際に、高速な学内ネットで各学生のコンピュータに配布されるように設定した。
 教室で授業にスライドを用いた場合にも言えることであるが、受講生が数枚前のスライドを記憶していることを期待してはならない。特にスライドの枚数が多い場合には、受講生が前後関係を把握し切れずに混乱し、理解度が低下する傾向が高い。このため、教材スライドのプリントアウトを、事前に学生に配布することが必要であった。
 インストラクター主導型講義を行う際に、事前に教官の用意すべき物としては、パワーポイントのスライドだけである。もし、学生の理解度が低いと感じたり、質問があれば、その場で「板書」により内容を追加することができる。これらのことから、日進月歩で変化する先端的な内容を教えるために最適なプラットフォームであると言える。

 図3は、インストラクター主導型講義をマヒドン大学の学部生が受講している様子である。マヒドン大学理学部内のコンピュータルームで、約25人の学生が受講している。
 受講生にインストラクター主導型講義に関するアンケートを行った結果、概ね良い評価を得たが、「回線不調時にどうして良いかわからず、路頭に迷う」等の意見も見られた。また、授業を担当した教官からは、「大声を出さなくても良いので楽」、「授業のレベルを一定範囲に保つことが可能」、「学生の理解レベルの把握がピンポイントで可能」、「ハンズアウトを事前に用意するのが面倒」等の意見を得た。

「オンデマンド講義」
「いつでも、どこでも」学習ができることを特徴とする講義で、授業の全ての内容をファイルとしてサーバにアップロードする。受講生は、このファイルをダウンロードして学習を進める。応生グループの試みでは、アニメーションを多用するFlash-HTML型と、インターワイズの録画機能を利用したオーディオオンデマンド型を用いた。Flash-HTML型は、アニメーションを用いて説明を行うため、高い理解度を得ることが可能であるが、「開発にコストがかかる」、「開発にかかる教官の手間が多大」等の欠点がある。そこで、インストラクター主導型のプラットフォームであるインターワイズを用いて、教官がスライドに書き込みをしながら授業を進め、その時の音声、スライドの切り替え、スライドへの書き込みを録画したオーディオオンデマンド型の教材を併用した。この録画したファイルは、受講生がオンデマンドでダウンロードして、専用のクライアントソフトで受講することができる。
 オンデマンド型講義を行う、すなわち、オンデマンド型教材を作成する際に重要なことは、授業を綿密に「設計」することである。インストラクター主導型とは異なり、講義中に学生が質問をすることができないため、講義を理解するために必要な内容を、最初から全て含ませる必要がある。「阪大生であるならば、授業内容の理解に必要な事柄は、教官が説明しなくても自分で調べるべきである。」との議論もあるが、できる限り理解し易い構造にすることが望ましいことは言うまでもない。特に、アニメーションを多用するFlash-HTML型の教材を製作する場合には、「設計」が非常に重要となる。これは、アニメーション部分を外注する業者がFlashの専門家ではあるが講義内容の専門家ではないため、論理構造がはっきりしていなければ、教官の意図したアニメーションが製作できないことが主な要因である。また、授業担当教官と外部業者の間に立って、授業の設計を担当する専門の部署を設立する必要性が今後高まると考えられる。
 ソフトウェアの開発と同じでトップダウンで設計してボトムアップで製作すると、効率的に教材を開発できる。最終目標を設定し、それを理解するために必要な部品(章)に分割し、さらに各章を小さな部品(単元)にと、どんどん細かく分割して行く。分割ができなくなった時点で、その最小単位の内容を説明するスライドを作成し、複数のスライドを集めて単元・章を構成し、教材を完成させる。この方法を用いることで、必要な内容が抜け落ちることを防ぐと共に、明確な論理展開を持つわかり易い教材を作成できる。
 説明のためのアニメーションは、多大な費用をつぎ込んで凝った動きを作ったとしても、ファイティングニモ等の数百億円の開発コストをかけるCG映画を見慣れている受講生の肥えた目には、「安物」としか写らない。このため、アニメーションに関しては、自然現象の再現などに限定した方が開発費用を効率的に利用することができる。オンデマンド型の教材は、開発にコストと手間がかかるため、アップデートを毎年行うことは不可能である反面、一度作れば何度でも利用可能である。このため、自然科学分野の基礎的な内容や、繰り返し学習することが前提である言語教育に、高い効果を発揮することが期待できる。

「今後の展望」」
 遠隔教育、e-Learningは、実用化へ向けての実験段階である揺籃期を脱し、躍動期に向かいつつある。躍動期に於いて、大阪大学が飛躍を果たすためには、全部局のノウハウを共有・蓄積すること加えて、各部局の講義内容に応じたサポートを行う全学的な部署が必要不可欠であると思われる。教育心理学、言語文化、ソフトウェア工学の専門家と、TV番組のプロデューサ的な能力を持つ学内の人的リソースをこの部署に配置することで、講義の理解度を従来より遙かに高めることが可能になると期待される。