千里アーカイブスステーションの取り組み


福井 雅(NPO法人千里アーカイブスステーション 事務局長)

1. 千里アーカイブスステーション(SAS)とは

千里アーカイブスステーションは、先端技術や学術、文化に関する情報をデジタルアーカイブ化し、良質な情報を広く社会に提供するシステムを推進・構築することにより、科学技術創造立国への一助とすることを目的として2002年5月に設立されたNPO法人である。国際的な水準を有する教育用デジタルコンテンツをアーカイブし、インターネット等を通じて世界に発信することにより、学習意欲の活性化を図ることなどを目的とした「デジタル・サイエンス&カルチャー・ミュージアム事業」をはじめ、さまざまな活動を行っているが、本稿ではITによる講義支援という観点から千里アーカイブスステーションの取り組みについて述べたい。

2. SASのコンテンツ制作と発信の取り組み

(1) 初年度の取り組み

千里アーカイブスステーションでは、設立初年度である2002年度に、「デジタル・サイエンス&カルチャー・ミュージアム」として、大学や研究所などに蓄積された最先端の科学・文化に関する叡智を、CGなどを駆使して10分程度のデジタル番組としたものを20本制作した。これらは大阪大学、関西学院大学、京都大学、金蘭短期大学、国際日本文化研究センター、国立民族学博物館、JT生命誌研究館の先生方に講師としてご協力・ご出演をいただき、日本万国博覧会記念機構の助成を受けて制作したものである。ターゲットは高等学校を中心とした教育用のコンテンツではあるが、広く一般にも理解できるようわかりやすい内容となっている。

(2) 初年度制作コンテンツの配信

2年目となる2003年度には、これら初年度に制作したコンテンツのインターネットを通じての配信を開始した。一般向け配信を行うホームページのURLはhttp://www.s-a-station.orgであり、会員登録等は不要で、ホームページにアクセスすればナローバンド及びブロードバンドに対応して、50kbps、300kbps、1M bpsの3種類のストリーミング配信にて無料で視聴が可能となっている。

 (図1)「映像創造型コンテンツ」の一場面

これら10分程度の映像コンテンツを配信するにあたり、高等学校の先生方の意見を聴取したところ、授業で用いるにあたっては、10分番組を通しての見せ方よりは、先生が生徒に見せたい部分のみを取り出して使いたいという要望が多数を占めた。そのため、千里アーカイブスステーションでは、場面検索機能を搭載したインターネットビデオ配信サーバーを用いて、そのような要望に応える形での配信を行うこととした。この機能は、10分間の映像の主要画面が表示されるとともに、スクロールによって番組を概観することができるため、先生方の授業の事前準備時間を短縮することができると共に、授業においても必要な映像だけを素早く生徒に観せることができるというものである。
 一方、実際に高等学校の授業で用いるとなると、インターネットのストリーミング配信という環境では困難が伴い、イントラネットによる配信環境が必要となるということも判明した。そこで、これらコンテンツは場面検索機能とあわせ、まずは大阪府教育委員会に提供され、大阪府教育センターのサーバーにより、イントラネットによって大阪府立の高等学校等に2003年12月から2年間無償提供されている。また、2004年2月からは兵庫県教育委員会へも提供を行い、兵庫県教育センターのサーバーにて兵庫県立の高等学校等への提供が開始されている。

(3) 2年目のコンテンツ製作の取り組み

 幸いにも初年度の映像コンテンツはそのクオリティ面において高い評価を得ることができたが、高等学校の講義支援という観点からは、さまざまな要望が寄せられることとなった。
例えば、千里アーカイブスステーションの趣旨の一つは、「大学や研究機関の叡智をデジタル化して提供する」ことであり、その目的を果たすために、最先端の研究を行っている大学の先生方や第一線の研究者に自ら出演を頂き、自らの言葉で解説をして頂いている。またそれが、「映像創造型コンテンツ」の特徴ともなっている。しかしながら、授業においての教材としての用途に絞って見た場合には、むしろそのような人物が登場しての解説部分が、教育現場の先生方の果たすべき役割と重なってしまうが故に、授業の中では冗長となる、あるいは先生が授業の流れを組み立てるにあたっての阻害となるという声も聞かれた。また、独立した形で用いられる教材としての機能と、先生が授業で用いる補助教材としての機能の位置づけ等についても議論がなされた。
 それらを踏まえ、千里アーカイブスステーションとしては、2年目、即ち2003年度のコンテンツ制作において、「映像創造企画調整部会」において初年度と同じコンセプトによる「映像創造型コンテンツ」を3名のプロデューサーの下で6本制作すると共に、「コンテンツ開発班」を設け、先生方のニーズに徹底的に応え、新たに小・中・高等学校の学校教育の授業教材として用いられるに特化した機能を持った教材コンテンツの開発に取組むこととなった。
教育現場の先生方からいただいたご要望、すなわちニーズは、概ね以下のようにまとめられた。
①映像で見せるのであるから、教科書や図解に載っている静止画では表現しえないもの、イメージがつかみにくいもの、三次元的な立体感を把握するに困難なものをコンピュータグラフィックなどを用いて映像化できないか。
②音声による解説、研究者自身による説明は、教室においては教師がその役割を果たすものである。従って、特段の必要性は感じられない。但し、実験の結果生ずる音など、視覚及び聴覚によって体感することを補助するための音声は必要であろう。
③教師が授業で教えるにあたっては、それぞれの教師による「流れ」がある。これは各教師固有のものであって、これまでの「出来合い」の教材では完全には個々の教師のニーズには合致しえないものであった。従って、「自由に編集できる」ということが非常に大事なポイントである。
これらを具体的に表すキーワードとして出てきたのが「動く黒板」という言葉であった。しかしながら、上記③の編集ということに関しては、著作権の関係、特に著作者人格権において、これまで制作された映像コンテンツを勝手に編集することは困難である。従って、制作するコンテンツに関しては、その作り込みにおいて、著作権に関して先生方に自由に編集をしていただける権利の確保に努めると共に、コンテンツの中において、「編集」に近い機能を持たせることが検討された。
 「コンテンツ開発班」としての2003年度の事業概要は大きく高等学校向け教材と小中学校向け教材の二分野に分けられるが、高等学校向けコンテンツ開発に関しては、文部科学省による「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」の研究開発学校として指定されている大阪府立北野高等学校との連携を行っていることから、コンテンツの開発及び授業での活用にあたり同校にご協力を頂くこととなった。
 具体的には高等学校向けとしては北野高等学校の先生方のご協力を得て化学の教材である「金属結合」及び「化学平衡」の教材を、また、小中学校向けとしては、大阪市教育センターの指導主事の先生方のご協力を得て、算数の教材である「自然の中にある数」としてフィボナッチ級数を、理科の教材として「太陽系の天体」についてのコンテンツを制作した。

  (図2) 「教材型コンテンツ」の一場面

中でも「金属結合」のコンテンツについては、制作に取組む時点より、北野高等学校にてスーパーサイエンスクラスにて活用いただくというご提案を前提に制作を行い、実際に2004年2月19日に実施して頂いたものである。この授業終了後のアンケート調査によると、コンテンツ利用により「よく分った」が73.3%、「まずまず」が26.7%、「あまり分からない」が0%と全般的にコンテンツ利用により理解が深まったという結果が出ている。

3. ITによる講義支援の観点から見た課題と展開

 「映像創造型コンテンツ」は、教育現場において、興味づけ、関心を持たせ、最先端の叡智に触れることができるという観点から重要な役割を持つであろう。これを講義支援の面でいかに活用するかという観点から捉えると、画面検索機能に加え、教育指導要綱とリンクした形での検索等の工夫が必要となってくると考えられる。
 会等での視覚的なプレゼンテーションをより効果的に行うことや、研究内容を一般に分りやすく知らしめるという観点から研究者のニーズを満たし、同時にそれら最先端の研究を理科離れを学会等での視覚的なプレゼンテーションをより効果的に行うことや、研究内容を一般に分りやすく知らしめるという観点から研究者のニーズを満たし、同時にそれら最先端の研究を理科離れを防ぐための興味付けの材料としても活用する、といういわば一石二鳥を実現するためのプラットフォームとしての役割が、我々に求められるところであろう。ブロードバンド等の普及により環境が整っていきニーズが高まるであろう中で、これを持続可能な活動としていけるか否かが我々の課題である。
 一方で、「教材型コンテンツ」については、今後学校でのIT環境が整い、先生方のITリテラシーが向上していくであろうことが予想される。それにつれて、三次元CG等により、静止画の図版では実現できないもの、見ることの出来ないものを「動く黒板」としてデジタル化して提供することに対するニーズは高まっていくであろう。ここでの課題としては、それぞれの先生に対し、洋服に例えれば、「オーダーメイド」の教材、即ち各先生方の「流れ」に添った形での「編集」を容易にするコンテンツの開発が挙げられるであろう。
 また、通常教材コンテンツは一旦完成してしまえばそれで終りという面が強い。しかし、実際には具体的に使い込んでいく中で、先生方からはさまざまな改善の声が寄せられる。今後、それらの声を反映して、決してオーダーメイドの良さを殺すことなく、よりよいコンテンツに向けて、衆知を集めての改善がなされていくような形態としうるのか、またそのようなことが体制的にも内容的にも制度的にも可能か否かというところは我々としての課題であろう。
 デジタル教材に関しては、費用対効果でいえば採算ベースに乗るものではまだなく、また、営利を求めざるを得ない教材制作者と学校の先生方との間にはどうしてもギャップが生じざるを得なかった。そこを埋めていく機能を果たすのが千里アーカイブスとしての使命のひとつではないかと考えている。
 千里アーカイブスステーションでは、本年度以降についても新たな番組を制作していく予定であり、さらに今後、アーカイブとして充実させていくために、自ら制作するものだけではなく、他で制作したコンテンツを著作権をクリアにした上で委託を受けるなどして内容を充実させていく考えである。 
    上述してきたコンテンツの制作にあたっては、NPO法人である特性を活かし、大学・研究機関や企業から無償にて情報・素材提供等の協力を得ており、大学・研究機関や企業と教育現場との橋渡しをする仕組みが確立されつつあると自負している。
 2003年度制作のコンテンツも近々インターネットを通じて広く配信予定である。ぜひとも我々のホームページhttp://www.s-a-station.orgにアクセスを頂きたい。皆様のご意見・ご指導・ご支援を賜ることができ得れば幸いである。