e-ラーニングトータルコスト削減のためのコンテンツ自主制作について


前川 俊儀 (サイバーリンク株式会社)

1. はじめに

 筆者は、ストリーミングコンテンツ作成ソフトを開発販売するソフトウェア会社に勤務しており、e-ラーニングシステム導入を検討される多くの方々とお会いしいろいろなご意見・状況についてうかがう機会を得ました。先進学習基盤協議会編著「eラーニング白書2001/1002年版」によれば、わが国においては2000年が「e-ラーニング元年」であったとのことで、すでに2004年の現在、IT業界の感覚では優に成人として成長するために必要な時間が経過したことになりますが、高等教育機関におけるe-ラーニングは、現在はたして「成人」としての姿にまで成長したといえる状況にあるでしょうか。
 「e-ラーニング元年」以前に比べ、選択肢は格段に増え、「実証」から「運用」へ進まれる高等教育機関もあり、その意味では「成長」しているといえるでしょう。筆者は、この「成長」を持続・発展させる上で、ややもすると議論の俎上からはずされてしまう「コンテンツをいかに取り扱うか」ということが大きな意味を持つのではないかと考えます。
 本稿では、トータルコストを削減するという観点から、高等教育機関におけるe-ラーニングシステム全体の中で「コンテンツ」をどう捉えるかについての私見を述べます。ご専門の皆様からお叱りをいただくかもしれませんが、浅学の身をかえりみずあえて筆を取らせていただきます。なお、本稿では、VOD(Video On Demand)型の非同期型システムを対象といたします。

2. 高等教育機関における e-ラーニングシステム

 IT(情報技術)の進歩により教育の提供方法も多様化され、WBT(Web Based Training)に代表されるe-ラーニングシステムの導入事例も増加していますが、一方で導入したシステムが期待通りに運用できないという現実に直面しておられる教育機関も多いのではないかと思われます。一般的に、高等教育機関のe-ラーニングシステム導入にあたっては、事前の企画・検討から実際の導入まで概ね2年に近い時間とそれにかかわる多くの方々の労力が消費されます。e-ラーニングシステムは、「導入」それ自体が目的ではなく、いかに運用するかが重要であるという点について、「ユーザー」である高等教育機関、「スポンサー」である行政、「提供者」である製品ベンダーそれぞれがあらためて考える必要があるように思われます。
 Web(World Wide Web)技術は、教育の分野においても、CBT(Computer Based Training)からインターネットや学内イントラネットを基盤としたWBT型システムへの発展を促し、多くの製品が市場に投入されています。筆者があえて申し上げたいことは「高等教育機関におけるe-ラーニングのシステム化にとって必要なことは何か」ということです。
 WBTの最小構成要素はWebサーバ、それに格納される電子化されたコンテンツ、それを閲覧するためのPC等のハードウェアということになります。また、WBTによって提供されるもっとも特徴的なメリットは、時間・距離の制約なしにコンテンツを閲覧して学習できる機会を提供する「ユビキタス性」という特性です。この基本的な構成要素と特性に、教育システムとして必要とされる受講管理・成績管理機能やコミュニケーション機能などが付け加えられ、さまざまなLMS(Learning Management System)などが市場に供給されています。
 e-ラーニング導入についての議論では、「どの製品を選択するか」という話に向かいがちですが、WBTを利用した教育は、単純化してしまえば先に述べた基本構成と特性により、資格取得や知識習得のために自主的に学習する仕組みとして利用する方法と、従来の講義のなかに組み入れ、講義をより充実させる目的で利用する方法とに区分されます。

3. e-ラーニングの利用方法とコンテンツ

 たとえばTOEFL受験のために提供されるコンテンツは、十分な教育効果が期待できる製品が数多く存在するにもかかわらず、これらのコンテンツを利用する場合には前提となるLMSが予め指定されているケースが多く、利用者側には、コンテンツ中心の選択を行うことに制約があります。同様に、講義支援の中で利用されるコンテンツについても、先生が使いたいと思う市販コンテンツがあったとしても、すでに導入している講義支援システムで利用できるかどうかが問題になります。
    コンピュータシステムの普及にとって標準化ということは非常に難しい問題ではありますが、e-ラーニングの標準化においても、例えばLMS製品に対する規格認定のように、コンテンツ側から見た場合、本来保証されるべき相互運用性が十分確保されない場合もあり、この点が未だ成人としての成長を感じられない原因のひとつではないかと思います。

4. コンテンツ自主制作という選択

 おもに、時間的な制約から、とてもコンテンツの自主制作などできないというご意見もあります。一例ですが、語学教育のために導入されているCALLシステムを利用した語学の授業の場合、その授業の中で先生が教えようとしていることそのものがコンテンツにならなくて果たして授業が成立するでしょうか?教育を成立させてきた場である教室でそれぞれの先生方が行ってきた講義が、e-ラーニングコンテンツの素材とならないようでは、学生の学力向上も何もあったものではないでしょう。筆者はこれまで、複数の先生から「講義とコンテンツは別物」というご意見をうかがいましたが、環境変化が加速する中で、果たしていつまで別物でいられるか興味のあるところです。
 コンテンツの自主制作は、収録、編集すべてを専門の業者に委託する外注型と、大学側で制作する純粋な意味での自主制作型の二つの方法があります。小規模システムの場合、コンテンツ自主制作コストは市販コンテンツの購入費用にくらべ高くなります。これは外注型制作の費用が高額であるということと、自主制作型で行う場合でもスタジオや収録機材等の費用が高額であるということが原因です。収録を業者に依頼し、専門の編集機材で高品質なコンテンツとして納品してもらう場合、90分の講義をそのままコンテンツ化するだけでも50万円はくだらない金額がかかります。また、自主制作のための設備投資をしても、稼働率が低ければコンテンツ単価は非常に高額なものになってしまいますが、残念なことに高額な施設の稼働率は決して高くありません。
 専門の業者に収録から編集までを依頼する必要のあるコンテンツとはいったいどんな教育内容を持っているのでしょうか。e-ラーニングを普及させるためのコンテンツは日々の教育活動である講義から生成するという取り組みこそが大切ではないでしょうか。そのようないわば「手作りのコンテンツ」は品質的に見れば専門業者や専用機材で制作されたものとの比較では明らかに「見劣り」しますが、必要な内容とボリュームを確保する手段としては十分に機能します。

4. おわりに

 学科から学部へシステムを拡張される場合、コンテンツ数の急激な追加が必要になります。この点について適切な対策を事前に手当てしなければ、成功の芽を大きな木に成長させることはできません。すでに社会的な要請として全学から大学間連合ひいては社会を対象としたより広い世界への拡張の具体化が求められています。
 極論かもしれませんが、e-ラーニングを実施するためにはピカピカの設備を準備する「必然性」はありませんし、コンテスト用の美しいコンテンツにこだわる「必要性」もありません。重要なことは低コストでコンテンツを確保し、成長を持続させる仕組みを構築することです。日常の講義を素材にしたコンテンツ制作の検討が、ひとつの解決策となるのではないでしょうか。